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ボッパルト

ドイツの町 From Wikipedia, the free encyclopedia

ボッパルト(Boppard)市は、ドイツ西部のラインラント=プファルツ州に属する市。ボンから東南におよそ70kmのライン川沿岸に位置する。面積はおよそ75平方km。人口はおよそ1万6500人。ワインの産地としても有名。

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紋章 地図
Wappen von Boppard
Wappen von Boppard
基本情報
連邦州:ラインラント=プファルツ州
郡:ライン=フンシュリュック郡
面積:75.13 km2
緯度経度:北緯 50度13分54秒
東経 07度35分28秒
標高:海抜 74 m
人口:

15,771人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:210 人/km²
郵便番号:56154
市外局番:06741, 06742, 06745
ナンバープレート:SIM
自治体コード:07 1 40 501
市の構成:10 街区
市庁舎の住所:Karmeliterstr. 2
56154 Boppard
ウェブサイト:www.boppard.de
E-Mail:stadt@boppard.de
行政
市長:ヴァルター・ベルシュ (Dr. Walter Bersch) (SPD)
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歴史

ローマ帝国の時代、恐らく皇帝クラウディウス治下(紀元後41‐54年)、ローマ軍の城砦が築かれたと思われる[2]。ボッパルトの考古学公園(Der archäologische Park Boppards)においては、4世紀に遡る城砦の極めて保存状態の良い遺跡を見ることができる[3]。その地の「軍隊浴場に、軍隊の撤退後に、しかしまだローマ時代のうちに、聖堂区聖堂が建立された」[4]。メロヴィング王朝以後、王領地となり、11世紀ハインリヒ4世は市場開設地を置いた。ホーエンシュタウフェン家は強力な軍事拠点にした[5]。「ローマ時代の防備設備は存在し続けた。1200年と1250年の間の時期になって初めて、周壁の修復と都市の中心部の拡大とが必要になった」[4]。中世において市の統治機構である「市参事会は五人の貴族的騎士参事会員、十二人の市民的会員、そして都市書記で構成されていた」[6]。

日本とのかかわり

フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトがここで生活し「日本文書」を著した。また平成5年(1993年)には、明仁天皇、皇后美智子(いずれも当時)が訪れた。また、1965年(昭和40年)に、日本の東京都青梅市と姉妹都市提携を結ぶ。

姉妹都市

名所・旧跡

  • 考古学公園(ローマ帝国時代の城壁が見られる)
  • ボッパルト城
  • カルメル教会
  • 聖セヴェルス教会

出身者

引用

外部リンク

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