クラウディウス
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| クラウディウス Tiberius Claudius Nero Caesar Drusus | |
|---|---|
| ローマ皇帝 | |
|
胸像 | |
| 在位 | 41年1月24日 - 54年10月13日 |
| 出生 |
紀元前10年8月1日 |
| 死去 |
54年10月13日(63歳没) |
| 埋葬 | ローマ、アウグストゥス廟 |
| 養嗣子 | ネロ |
| 配偶者 | プラウティア・ウルグラニッラ |
| アエリア・パエティナ | |
| メッサリナ | |
| 小アグリッピナ | |
| 子女 |
ドルスス クラウディア(認知せず) アントニア オクタウィア ブリタンニクス ネロ(養子) |
| 王朝 | ユリウス=クラウディウス朝 |
| 父親 | 大ドルスス |
| 母親 | 小アントニア |
ティベリウス・クラウディウス・ネロ・カエサル・ドルスス(Tiberius Claudius Nero Caesar Drusus, 紀元前10年8月1日 - 54年10月13日[1])は、ローマ帝国の第4代皇帝である。
皇帝としての業績と死因
生涯
皇帝即位以前
紀元前10年、大ドルススと小アントニアとの間にガリアで生まれる。父や兄に似ず生来病弱で、難病(症状から脳性まひとの推測もなされている)に苦しめられた結果、動作がぎくしゃくとし、話すときはどもり、涎を垂らす、片足を引きずるなどの癖があったという。母の小アントニアはこの息子に全く愛情を注がず、「人間の姿をした怪物」とまで呼んだ。ユリウス=クラウディウス朝に属する男性としては珍しく公務から遠ざけられ、長くエクィテスの階級に留まった。この間にエトルリア史やカルタゴ史といった歴史著述を行い、歴史家としての足跡を残した。カリグラの皇帝就任後、紀元37年にカリグラと共にコンスルに就任、同時に元老院議員に加えられた。
皇帝即位から崩御まで
カリグラの暗殺によって、ローマには一時的に空位の状態が発生した。元老院にはこの機に乗じて共和政の復活を目論む者もいたが、共和政が復活すると職を失うことになるプラエトリアニが、カリグラの崩御から24時間足らずでクラウディウスを皇帝に擁立したことで、それは阻まれた。この時クラウディウスは、プラエトリアニとの間に密約を行い、各兵士に1万5千セステルティウスという莫大な賄賂を約束している。
プラエトリアニに担ぎ出されて皇帝に就任するまで、クラウディウスはあまり目立たない存在であった。しかし、この50歳の新帝は即位すると同時に、先帝カリグラが文字通り崩壊させたローマの財政を建て直した。また、ブリタンニア遠征はクラウディウスの時代に、ユリウス・カエサルの遠征以来初めて本格的に行われ、実際にブリタンニア南部の征服に成功している。のちに皇帝となったウェスパシアヌスなども、ブリタンニア遠征の際に初めてその才能を見出されている。またカエサル以来初めて、ガリア出身の元老院議員の議席を認めたのもクラウディウスである。
一方でクラウディウスは、家庭的にはあまり恵まれなかった。クラウディウスはその人生において4度の結婚をした。3番目の妻メッサリナは、夫の権力を使って貴族たちに関係を迫り、それを拒んだ者は夫の名前を使って処刑した。4番目の妻小アグリッピナは権力のためだけに夫に近付き、元々は法律で許可されていなかったはずの叔姪婚を行った。多くの古代史家は、クラウディウスがネロではなくブリタニクスを次期皇帝に推そうとしたため、アグリッピナに毒殺されたと主張している。毒殺に関する同時代の資料は異なっている。タキトゥスによれば、毒キノコは毒殺者ロカスタによって採取され、彼の召使ハロトゥスによって皇帝に献上されたと言われている。カッシウス・ディオ、彼もロクスタが毒を準備したと書いているが、ディオは毒を投与したのはハロトゥスではなくアグリッピナであったと述べている。
崩御後
後にクラウディウスの実の息子ブリタンニクスも、小アグリッピナの連れ子でクラウディウスが養子としたネロによって殺された。クラウディウスには息子としてブリタンニクスの他にクラウディウス・ドルスス(? - 20年)がいたが夭折しており、ブリタンニクスの死により男系は完全に断絶している。女系でもブリタンニクスの同母姉クラウディア・オクタウィアは62年にネロによって処刑され、異母姉クラウディア・アントニア(30年 - 66年)が66年に死去するなど、短命であった。クラウディア・アントニアは2度結婚しており、最初はガイウス・ポンペイウス・マグヌス(? - 47年)と結婚したが子はなかった。次の配偶者ファウストゥス・コルネリウス・スッラ・フェリクス(22年 - 62年)との間に男子(47年以後の誕生)を儲けるが、夭折している。
最初の妻プラウティア・ウルグラニッラはクラウディウスとの離婚から5か月後にクラウディアという女子を出産しているが、クラウディウスは彼女の姦通を疑っており、クラウディアを自身の実の娘として認知することはなかった。
年表
系図