ポズナン - シュチェチン線

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路線記号 351
路線番号 360, 361
開業 1846年5月1日
ポズナン - シュチェチン線
基本情報
ポーランドの旗 ポーランド
路線記号 351
路線番号 360, 361
開業 1846年5月1日
運営者 ポーランド国鉄
路線諸元
路線距離 205 km
軌間 1435 mm(標準軌
線路数 複線
複線区間 全線
電化区間 全線
電化方式 3000 V(直流
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停車場・施設・接続路線
STR
W-F線W-P線、W-K線
BS2+l BS2+r
BHF BHF
0.0 ポズナン中央駅
BS2l BS2r
ABZgr
ワルシャワ - フランクフルト線
BST
3.0 ポズナン分岐点
ABZgr
ポズナン - ピワ線
BUE
国道DK92
BHF
6.5 ポズナンヴォラ
ABZg+r
ジェリニェツ線
BHF
12.9 キエクシュ
SKRZ-Au
自動車専用道路S11
BHF
17.7 ロキエトニツァ
eABZgl
旧ロキエトニツァ - スクヴィエジーナ線
HST
24.3 パミオントコヴォ
HST
29.4 バボルーヴコ
BHF
33.0 シャモトゥウィ
WBRÜCKE1
サマ川
eABZgl
旧シャモトゥウィ - ミエンジフード線
BHF
42.4 ペンツコヴォ
eABZg+r
旧オボエニキ - ヴロンキ線
BHF
51.1 ヴロンキ
hKRZWae
ヴァルタ川
HST
ヴロンキザモシチ
HST
59.5 モクジュ
WBRÜCKE1
ミアワ川
BHF
70.1 ミアウィ
eABZg+r
旧イノヴロツワフ - ドラフスキムウィン線
BHF
78.0 ドラフスキムウィン
hKRZWae+GRZq
ノテチ川、旧ポーランド=ドイツ国境
WBRÜCKE1
ブコヴァ川
BS2c1 BS2+r
ABZ+lr ABZgr
トチェフ - コストシン線
ABZg+r STR
旧ドイチュクロネ郡鉄
BHF BHF
83.7 クシジュ
BS2r
旧線
ABZgr
トチェフ - コストシン線
KRZo
トチェフ - コストシン線
eABZg+r
旧線
hKRZWae+GRZq
ドラヴァ川、↑ヴィエルコポルスカ県 / ルブシュ県
BHF
90.1 ドラヴィニ
BHF
97.1 ポドレシエツ
HST
100.4 ミェジェンチンストジェレツキ
WBRÜCKE1
ミェジェンツカストルガ川
WBRÜCKE1
ミェジェンツカストルガ川
BUE
国道DK22
BHF
106.7 ドビェグニェフ
WBRÜCKE1
ミエジェンツカストゥルガ川
STR+GRZq
ルブシュ県 / 西ポモージェ県
BHF
115.4 ビエジュヴニック
BHF
120.8 レンブシュ
BHF
127.3 スウォニツェ
BHF
133.6 スタリ・クルコム
eABZg+r
旧グジュミアンツァ - コストシン線
BHF
138.7 ホシュチュノ
eABZgl
旧グジュミアンツァ - コストシン線
HST
145.7 ジェモミシュル
BHF
152.9 ドリツェ
HST
157.3 モジツァ
BHF
160.9 コリン
HST
163.0 ストジェビェレヴォ
HST
166.6 ヴィトコヴォ
WBRÜCKE1
マワイナ川
SKRZ-Au
自動車専用道路S10
ABZg+lr
G-S線、S-G線
STRo
国道DK10
BHF
173.3 スタルガルト
eABZgr
ザーチヒ郡鉄旧連絡線
HST
178.0 グジェンジツェスタルガルト
HST
181.3 ミエドヴィエツコ
BHF
185.7 レプトヴォ
HST
192.1 ズドゥノヴォ
SKRZ-Au
自動車専用道路S3
WBRÜCKE1
プウォニア川
ABZgr
三角線
ABZg+r
シュチェチン - シヴィノウイシチェ線
BHF
198.5 シュチェチンドンビエ
xABZgl
新線
exBHF
2.7 シュチェチンロトニスコ旧駅
exhKRZWae
Odra Wschodnia
xABZg+l
ドンビエ方面(992)
KRZu
港湾線(990)
ABZg+l
ヴロツワフ - シュチェチン線
DST
シュチェチン操車場
ABZg+r
旧線(991)
BHF
シュチェチン中央港駅
hKRZWae
オドラ川
hHST
シュチェチンワシュトヴニア
hKRZWae
オドラ川
BHF
シュチェチン中央駅 6 m
STR
Szcz-Tcz線、A-Szcz線

ポズナン - シュチェチン線(ポズナン - シュチェチンせん、ポーランド語: Linia kolejowa Potnań–Szczecin)はポーランド共和国ヴィエルコポルスカ県の県都ポズナン西ポモージェ県の県都シュチェチンを結ぶ複線および電化の幹線鉄道である。開通以後の初期にはこの路線はベルリンとケーニヒスベルク(現在カリーニングラード)との連絡鉄道の一部として活用されて、現在もポーランドの遠距離輸送部門で重要な路線の一つである。

1843年以降にシュテティン(現在シュチェチン)はベルリン=シュテルン鉄道(Berlin-Stettiner Eisenbahn-Gesellschaft, BStE)が開通した、ベルリン方面の鉄道で連結されていた。1846年5月1日にBStEは幹線鉄道をシュタルガルト(現在スタルガルト)まで延長した[1]。一方、2ヶ月前にシュタルガルト=ポーゼン鉄道会社(Stargart-Posener Eisenbahn-Gesellschaft, StPo)はポーゼン(現在ポズナン)方面の鉄道建設許可を獲得した。およそ1年間の工事が完了した後に、シュタルガルト - ヴォルデンベルク(現在ドビエングニェフ)間は1847年10月10日に開通された。数ヶ月後にドイツの3月革命が発生して、工事は一時的に遅れた。残りの区間は1848年10月10日に通行可能となった。

乗客数と貨物輸送量は会社の期待に至らなかったので、プロイセン政府は1851年にStPoを引き受けた。国有化以後にシュタルガルト - ポーゼン間はプロイセン邦有鉄道東部鉄道管理局(königliche Eisenbahndirektion der Ostbahn)に配置された。シュテティン - シュタルガルト間はBStEの路線として残った。1851年にルーガツ駅(現在クシジュ駅)にシュナイデミュール(現在ピワ)方面の分岐線が開通されて、この路線と接続することになった。キューストリン(現在コストシン)方面の路線は6年後にこの路線と連結された。1880年にBStEは国有化されて、シュテティン - シュタルガルト間は王立鉄道シュテティン管理局の路線網に編入された。1895年4月以降、シュタルガルト - ポーゼン間はブロンベルク管理局に配置された[2]

ヴェルサイユ条約とポーランド独立により国境線はクロイツ駅(現在クシジュ駅)とドラヴスキムウィン駅の間におけるノテチ川鉄道橋上に画定されて、クロイツ駅は境界駅となった。1920年10月1日に旧ブロンベルク管理局区間であったシュタルガルト - クロイツ区間は新生のドイツ国営鉄道(略: DR)の東部管理局に編入された[3]。一方、ポズナン - ドラヴスキムウィン間の運営はポーランド国営鉄道(略: PKP)により継承された。

1939年9月、ナチスドイツのポーランド侵攻・占領を通じて全線はDRの路線網に組み入れられた。戦争中にはウィーン発あるいはカトヴィツェ発遠距離特急列車はこの路線の経由でケーニヒスベルク方面に走行した。ポツダム宣言の結果、ポーランドとドイツの新しい国境線はオーデル・ナイセ線として決定されて、全線はPKPに編入された。

1975年から1978年まで電車線は3000 V直流のシステムで設置された。1985年以降この路線は回廊鉄道E59に指定されている[4]

運行形態

  • IC: ワルシャワ - クトノ - ポズナン - クシジュ - スタルガルト - シュチェチン。
  • 通勤列車(PKM 4): シロダ - ポズナン - ヴォラ - キエクシュ - ロキエトニツァ - パミオントコヴォ - バボルーヴコ - シャモトゥウィ - ペンツコヴォ - ヴロンキ(- モクジュ - ドラフスキムウィン - クシジュ)[5]

参考文献

外部リンク

脚注

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