ポロツク公

From Wikipedia, the free encyclopedia

ポロツク公ベラルーシ語: Князі полацкіяリトアニア語: Polocko kunigaikščiai)は10世紀後半から1387年までのポロツク公国の君主の称号である(「公」は「クニャージ」からの訳出による)。ポロツク公国はキエフ・ルーシ時代にベラルーシポロツク(ベラルーシ語ではポラツク)を首都として成立した国家であり、1392年以降はリトアニア大公国内の一行政区画となり、1504年には同国のポロスカス県となった。

留意事項

  • 本頁の人名・地名は現地の言語の音写よりも、日本語表記として一般的と思われるものを優先して表記している。
  • 各人物は、文献によっては「~世」・「~公」等の数えや通称の併記、あるいは洗礼名での表記などにより、異なる表記がなされている可能性がある。
  • 各人物は、他の称号の元で異なる数えがなされる可能性がある。(例:スヴャトポルク・イジャスラヴィチはポロツク公としては一人目のスヴャトポルクであるが、キエフ大公としては「スヴャトポルク2世」となる。)

各人物の詳細は各頁を参照。

注釈

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI