ポーリンの危難

From Wikipedia, the free encyclopedia

監督 ルイス・J・ガスニエ
ドナルド・マッケンジー
脚本 ジョージ・B・サイツ
原作 チャールズ・W・ゴダード
ジョージ・B・ザイツ
出演者 パール・ホワイト
クレイン・ウィルバー
ポーリンの危難
Perils of Pauline
監督 ルイス・J・ガスニエ
ドナルド・マッケンジー
脚本 ジョージ・B・サイツ
原作 チャールズ・W・ゴダード
ジョージ・B・ザイツ
出演者 パール・ホワイト
クレイン・ウィルバー
撮影 アーサー・C・ミラー
公開 アメリカ合衆国の旗 1914年3月31日
日本の旗 1916年10月7日
上映時間 全20章(計410分)
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
テンプレートを表示

ポーリンの危難』(ポーリンのきなん、 Perils of Pauline)は、 1914年アメリカサイレント連続活劇映画で、パール・ホワイトが主演である[1]。 日本では当初、『第一遺産』という邦題で公開されたため、この一連の連続活劇の題名を『ポーリン』とだけする資料もある。

  • ポーリン・マーヴィン - 遺産を相続した女性 : パール・ホワイト
  • ハリー・マーヴィン : クレイン・ウィルバー
  • レイモンド・オーウェン - 養父の陰険な秘書(ヨーロッパ版ではケルナーと呼ばれている) : ポール・パンツァー
  • サンフォード・マーヴィン : エドワード・ホセ
  • モンゴメリー・ヒックス - オーウェンの子分 : フランシス・カーライル
  • バルタザール - ジプシーのリーダー : クリフォード・ブルース
  • ブリンキー・ビル : ドナルド・マッケンジーイタリア語版
  • サマーズ中尉 : ジャック・スタンディング
  • ルシール : エレノア・ウッドラフ

製作

当時、新聞小説として連載する物語が、その週末には映画で見られるという連携の仕方は、売り上げをあげて、連続活劇映画は育っていった。 新聞王だったウィリアム・ランドルフ・ハーストは、自身も資金をテコ入れしプロットの開発に携わっており、自ら題名をつけ、自分の新聞に大々的なパブリシティを張らせて、結果的に最大の興行成績をあげ、連続活劇の女王パール・ホワイトを誕生させた[2]。ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、1914年3月23日にロウズ・ブロードウェイ劇場で行われた初上映にも出席している[3]

日本での上映

浅草・帝国館ではシリーズを最初「遺産」の題で上映。1916年大正5年)10月7日「第一遺産」、10月14日「第二遺産」、10月21日「第三遺産」、次週から改題して、10月28日「ポーリン」、11月4日「第五ポーリン」、11月11日「第六ポーリン」、11月18日「第七ポーリン」、11月25日「第八ポーリン」、12月2日「第九ポーリン」、12月9日「第十ポーリン」という順序で封切りされた。12月16日の日付は推定でキネマ倶楽部(浅草)が「真物のポーリン大会」と銘打って新作を上映するむねの広告があるが、帝国館で上映された分との関係は不明[4]

評価

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI