ポール・ルイス (ピアニスト)
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ルイスの父はリヴァプール港の港湾労働者、母は地方議会勤めであり、一家に音楽を専門とする者はいなかった[1]。彼ははじめ唯一学校で習うことが出来たチェロの演奏から音楽の道に入った。14歳でマンチェスターのチータム音楽学校への入学を許可され、同校でピアノの勉強を開始した。彼はリシャルト・バクスト(チータムにて)、ジョーン・ハヴィル(ギルドホール音楽演劇学校にて)、そしてアルフレート・ブレンデルに師事しており、ブレンデルのことは恩師と考えているという[2]。はじめてとなる国際的な業績はロンドンで開催された1994年の国際ピアノコンクールでの2位入賞であった[3]。ダドリーピアノコンクール[4]、及び王立海外連盟ピアノコンクールでは優勝を果たしている[5]。
キャリア
ルイスはロンドンのウィグモア・ホールと強固に連携している[3][6][7]。
2005年から2007年にかけてアメリカ合衆国とヨーロッパで行ったツアーではベートーヴェンの全32曲のピアノソナタの全曲を演奏し、並行してハルモニア・ムンディへの全曲録音を完成させた。このシリーズのCDはリリースされるたびに『グラモフォン』誌の「エディターズ・チョイス」に選出され、2008年8月に発売された第4集は同誌の「最優秀器楽録音賞」と「年間最優秀録音賞」を受賞した[8]。2010年の7月と8月には、ひとつのシーズンのBBCプロムスで全5曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲を全て演奏した初めてのピアニストとなった[9]。
2015年、ルイスはファニー・ウォーターマンの後任として、指揮者のアダム・ゲートハウスと共同でリーズ国際ピアノ・コンクールの芸術監督に就任した。コンクールの審査員長も務めている[2][10]。
その音楽への貢献を讃えられ、2016年の女王エリザベス2世の誕生日に合わせて大英帝国勲章のコマンダーに列せられた[11]。
評価
『デイリー・テレグラフ』紙のジェフリー・ノリスは次のように述べている。「ルイスの演奏には強靭な運動能力、彼の深い音楽に関する思索との確固たる結びつき、そしてそれらの音による表現がある。彼はその性格を理解して定義することができ、そのリズム、和声、旋律の要素がいかに混ざり合うのかを示すことができる。これは知性的厳格さと創造的活発さの遊戯だったのである。」
2016年の『ガーディアン』紙のインタビューにおいて、レジェンダリー・スターダスト・カウボーイの1968年のシングル『Paralyzed』が音楽上の人に言えない楽しみであると明かしている[13]。
ディスコグラフィー
- ハルモニア・ムンディ:
- シューベルト: ピアノソナタ第19番(D 958)、ピアノソナタ第14番 D 784 (2002年) CD ASIN B00005QG1F
- シューベルト:最後のソナタD 959 & D 960 (2003年) CD (HMC901800) ASIN B00008O6EO
- リスト: ピアノソナタ ロ短調 (2004年) CD (HMC901845) ASIN B0002I746S
- ベートーヴェン: ピアノソナタ全集 第1集 (2005年) CD (HMC901902) ASIN B000A5B25W
- ベートーヴェン:ピアノソナタ全集 第2集 (2007年) CD (HMC901903.05, 3 CDs) ASIN B000HXDS04
- ベートーヴェン:ピアノソナタ全集 第3集 (2007年) CD (HMC901906.08, 3 CDs)
- ベートーヴェン:ピアノソナタ全集 第4集 (2008年) CD (HMC901909.11, 3 CDs)
- ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集、BBC交響楽団、イルジー・ビエロフラーヴェク (2010年) CD3枚組
- ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲 作品120 (2011年) CD (HMC902071)
- シューベルト:美しき水車小屋の娘 D 795、マーク・パドモア(テノール)
- シューベルト:冬の旅 D 911、マーク・パドモア(テノール)
- ハイペリオン・レコード:
- モーツァルト: ピアノ四重奏曲第1番、ピアノ四重奏曲第2番 (レオポルト弦楽三重奏団と) (2003年) ASIN B00008ZZ3E
- シューベルト:ピアノ五重奏曲 (レオポルト弦楽三重奏団、グラハム・ミッチェルと)
- シューベルト:ピアノデュエット集 (スティーヴン・オズボーンと) (2010年) CD (CDA67665)
- シューベルト:フランスのデュエット集 (スティーヴン・オズボーンと) (2021年) CD (CDA68329)