マイク・アルバラード
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高校時代はレスリングの4Aクラスで2度コロラド州王者になる[1]。大学へは進学せず働きながらアマチュアボクシングを始める。2003年に全米選手権に出場するが2回戦でラモン・ピーターソンに敗退した[2]。アマチュアボクシングの戦績は26勝5敗であった。
2004年プロデビューし初回KO勝ちした。
2009年、懲役刑で5ヶ月間収監される。出所後ボクシングへ復帰するが家庭内暴力と交通違反で再逮捕されてしまい、執行猶予違反として再び刑務所へ収監される[3]。
2011年5月7日、MGMグランドにてマニー・パッキャオ対シェーン・モズリーの前座でガーナ共和国のレイモンド・ナッシュとWBCアメリカ大陸スーパーライト級王座決定戦を行い、ナッシュ有利の予想が多数だったが、両者ともKO率70%以上の強打者対決は序盤から打ち合い、3回に一気にナッシュにダメージを与えて4回開始寸前にナッシュが棄権したため番狂わせのTKO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2011年7月30日、地元デンバーのソフトボールカウンティアリーナにてガビエル・マルチネスとIBFラテンアメリカスーパーライト級王座決定戦を行い、技巧派のマルチネスを強打で崩して終始リード、2人がフルマーク(100-90、100-89)1人は大差(99-90)でアルバラードを支持。ランカー候補を完封し、王座獲得に成功した。
2011年11月12日、MGMグランドにてマニー・パッキャオ対ファン・マヌエル・マルケスの前座でブレイディス・プレスコット(コロンビア)とIBFラテンアメリカスーパーライト級タイトルマッチを行い、アルバラードは強打で攻め立てたがプレスコットはタフさを生かして打ち返す展開、最終10回にダメージが溜まったプレスコットからダウンを奪うと試合再開後一気に攻勢を強めたところでレフェリーが試合をストップ。10回TKO勝ちで初防衛に成功した。
2012年10月13日、ホーム・デポ・センターテニスコートにてノニト・ドネア対西岡利晃の前座で元WBA世界ライト級王者ブランドン・リオスとWBOラテンアメリカスーパーライト級王座決定戦およびWBO世界スーパーライト級挑戦者決定戦を行うも試合は開始早々から打ち合いに発展、6回終了時のスコアが0-1と試合は非常に拮抗していた。7回にアルバラードが勝負に出たところリオスも攻勢を強め反撃、打ち合いの末プロ初黒星となる7回TKO負けを喫しWBOラテンアメリカスーパーライト級王座獲得と王者のファン・マヌエル・マルケスへの挑戦権獲得とはならなかった[4]。
2013年3月30日、マンダレイ・ベイ・イベント・センターにてブランドン・リオスとダイレクトリマッチでの再戦となるWBO世界スーパーライト級暫定王座決定戦を行い、12回3-0(115-113×2、114-113)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。5ヵ月ぶりの再戦で雪辱を果たすと共にリオスにプロ初黒星を付けた[5]。
2013年10月12日、WBO世界スーパーライト級正規王者ファン・マヌエル・マルケスがティモシー・ブラッドリーに敗れ王座を剥奪された為、WBOは暫定王者のアルバラードを暫定王座から正規王座に昇格させた[6][7]。
2013年10月19日、地元デンバーのファーストバンク・センターでルスラン・プロボドニコフとWBO世界スーパーライト級タイトルマッチを行い、アルバラードは前日での1度目の計量を141ポンドで体重超過するも、2度目の計量を140ポンドでパスし計量失格とはならず[8]、試合はアルバラードが8回に2度ダウンをするなどしてダメージが蓄積、10回終了時には足取りがおぼつかず帰るコーナーを間違えてしまう、これを見ていたレフェリーはアルバラードのコーナーへ行きアルバラードに「大丈夫か?」「試合を続けたいか?」と尋ねるがそれぞれの問いにアルバラードが「ノー」と答え棄権したため、レフェリーが試合をストップし[9]、TKO負けで初防衛に失敗、王座から陥落した[10]。アルバラードが試合を途中棄権したことにファンから腰抜け、簡単に諦めやがってなどの批判があがったが、アルバラードは「受けたダメージは永久に残りえる、だからこれ以上は痛めつけられる価値は無いと思った。俺には多くの勇気があり腰抜けなんかじゃない」と批判をかわした[11]。
2014年5月17日、カリフォルニア州イングルウッドのグレート・ウェスタン・フォーラムで元世界4階級制覇王者ファン・マヌエル・マルケスと143ポンド契約12回戦を行うも[12]、8回にダウンを奪われ9回にダウンを奪い返すが12回0-3(109-117×2、108-119)の大差判定負けを喫し2連敗となった[13]。
試合の約3週間前の2015年1月3日、交通違反取締り中の警官が、車の助手席に乗車していたアルバラードがグローブボックスに急いで何かを隠したのを見つけ、車を停車させ確認したところ拳銃を発見。過去に重罪を犯した事のあるアルバラードは拳銃の所持を許可していなかったため拳銃不法所持で逮捕されるが、保釈金41,500ドルを支払い保釈された。またこの時に2013年10月にも同じ拳銃不法所持で逮捕されていた事が発覚した[14]。その後、9日後の同年1月12日に拳銃不法所持の容疑で起訴される[15]。
2015年1月24日、コロラド州ブルームフィールドでブランドン・リオスと3度目の対戦をするが、初回から一方的に殴られる展開となり、3回終了後にコーナーでリングドクターが示した指の本数を数えられなかった事でレフェリーストップによりTKO負けを喫した[16][17]。
2018年4月21日、T-モバイル・アリーナにてESPN初のペイ・パー・ビュー放送として開催予定だったテレンス・クロフォード対ジェフ・ホーンの前座で元世界6階級制覇王者のマニー・パッキャオと対戦する予定だったが[18][19]、パッキャオが準備期間が足りないと欠場を発表した為、試合出場とはならなかった。
2019年4月12日、ステイプルズ・センターでアーノルド・バルボサ・ジュニアと対戦し、3回KO負けを喫した。
2023年4月7日、ベアナックル・ボクシングの団体Bare Knuckle Fighting Championshipと契約したことが発表された[20]。
2023年4月29日、Bare Knuckle Fighting Championshipでデビュー戦を行い、総合格闘家のジェームス・ブラウンと対戦し、2回KO負けを喫した。