マイゼンハイマー錯体
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史的背景
このタイプの付加体が知られるようになったのは1900年前後である。1886年にヤノフスキ Janovski はm-ジニトロベンゼンとアルコールのアルカリ溶液を混ぜたときに鮮やかな紫色を観察した。ロブリ・デ・ブロイン((Cornelis Adriaan) Lobry (van Troostenburg) de Bruyn)は1895年に、トリニトロベンゼンと水酸化カリウムをメタノール中で反応させたときに作られる赤色の物質を調べた。1900年にはJacksonとGazzoloは、トリニトロアニソールとナトリウムメトキシドを反応させたときに得られる生成物がキノイド構造を持つと予想した。その生成物についてヤーコプ・マイゼンハイマー(Jakob Meisenheimer)は1902年、酸を加えるともとの基質に戻ることを見出した[4]。

上式のように、3個の電子求引基によりマイゼンハイマー錯体の負電荷は非局在化し安定となる。
