マウゴジャータ・ディデック
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| 殿堂 | ||||||||||||
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| 国籍 |
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| 生年月日 | 1974年4月28日 | |||||||||||
| 没年月日 | 2011年5月27日(37歳没) | |||||||||||
| 出身地 | ワルシャワ | |||||||||||
| 死没地 |
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| 身長 | 218cm (7 ft 2 in) | |||||||||||
| 体重 | 101kg (223 lb) | |||||||||||
| キャリア情報 | ||||||||||||
| WNBAドラフト | 1998年 / 1巡目 / 全体1位 | |||||||||||
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ユタ・スターズから指名 | ||||||||||||
| プロ選手期間 | 1998年–2008年 | |||||||||||
| ポジション | センター | |||||||||||
| 背番号歴 | 12 | |||||||||||
| 経歴 | ||||||||||||
| 1998–2004 | ユタ・スターズ サンアントニオ・シルバースターズ | |||||||||||
| 2005–2007 | コネティカット・サン | |||||||||||
| 2008 | ロサンゼルス・スパークス | |||||||||||
| 受賞歴 | ||||||||||||
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Stats WNBA.com | ||||||||||||
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Stats Basketball-Reference.com | ||||||||||||
| FIBA殿堂入り選手 (詳細) | ||||||||||||
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マウゴジャータ・ディデック(Małgorzata Dydek, 1974年4月28日 - 2011年5月27日)は、ポーランド・ポズナニ出身の女子バスケットボール選手。WNBAのロサンゼルス・スパークスに所属し、女子バスケットボール選手の中でも史上最長身の「218cm」を誇る選手として知られた(2025年現在は張子宇に更新されている)。
ポーランド出身の女子バスケットボール選手として、現在に至るまで最も顕著な成績を挙げた選手である。ポーランド語読みが難しいことから、アメリカでは“Margo Dydek”(マルゴ・ディデック)と呼ばれることが多い。ポジションはセンターである。2000年のシドニー五輪および2001年、2003年のヨーロッパ女子選手権ポーランド代表選手に選ばれた。
マウゴジャータ・ディデックは生まれた時から「身長55cm」と長身の赤ん坊だったという。12歳からバスケットボールを始め、1992年からプロの女子バスケットボール選手となった。最初はポーランド国内、フランス、スペインのチームでプレーしていた。1998年5月に初めてアメリカへ渡り、WNBAのドラフト前キャンプに参加した。1999年からWNBAの選手となり、「ユタ・スターズ」にドラフト1位指名で入団する。このチームは2003年からテキサス州に移って「サンアントニオ・シルバースターズ」という名称に変更された。2005年のシーズンオフで、ディデックはサンアントニオ・シルバースターズからトレードされ、コネティカット・サンに移籍した。2008年からはロサンゼルス・スパークスに移籍し、2010年シーズンまで在籍した。
WNBAでは2006年シーズンまでのディデックの生涯通算ブロック数は811本で、現在リーグ歴代1位。シーズンごとの平均ブロック数も、新人だった1998年から2003年まで連続でリーグ首位、2005年と2006年にも1位をマークした。2001年のオーランド・ミラクル戦で12得点、11リバウンド、10ブロックと3つのカテゴリで2桁をあげ、WNBA史上2度目のトリプルダブルを達成した。ブロックのほか、ディデックは多くのシーズンでフィールドゴール成功率、フリースロー成功率、平均リバウンド数でリーグ上位10内に入っており、安定した活躍を見せていた。
WNBAはヨーロッパのリーグと重ならない場合が多いため、ディデックはWNBAのオフシーズンにポーランドのチームでプレーすることもあった。2001年にポーランド・リーグの決勝でMVPに選出され、2000年にはポーランドの「最優秀女子スポーツ選手」に選ばれた。
2011年5月27日、オーストラリアのブリスベーンに構えていた自宅にて心臓発作を起こし、搬送先の病院で死亡が確認された[1]。37歳没。