マクロプロス事件 (ヤナーチェク)
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作品と音楽

『新グローヴ オペラ事典』によれば「本作はヤナーチェクが存命中に初演を見ることができた最後のオペラである。譜面の複雑さにもかかわらず[注釈 1]、ブルノでもプラハでも初演は大成功を収めた。ヤナーチェクの作品の中では最も完成度の高いものではあるが、他の後期作品と同様に、高く評価されるようになったのはごく最近になってからである。ヤナーチェクの豪華絢爛たる音楽による素晴らしく力強いフィナーレや、奇想天外な主役からほんの端役に至るまで、全登場人物を生き生きと描き切った人物描写の妙技に疑いをはさむ者はいないであろう。しかし、第1幕で長々と説明される複雑な裁判、オーケストラに対する要求の高さ、才能豊かな演技派歌手の確保などの問題が公演の実現を阻んできた。-中略-しかし、チャールズ・マッケラスが示したように傑出したキャストが確信をもって取り組めば、情熱、ミステリー、奇抜さが奇妙に交じり合ったこの作品が、20世紀の最も力強いオペラの一つとして、その本来の姿を現すのである[3]。
『ラルース世界音楽事典』によれば「本作はその夢幻的で超現実主義的な面によって、オペラの演目の中でもユニークなものである。抒情性を目立たせることもないまま、台詞の早いやり取りで話しが進む。しかし、音楽は明確でその表情や雰囲気には驚くべき流動性があり、〈怪物的な〉ヒロインを同情の念をもって扱い、作品全体にわたって〈生〉についての瞑想という意味をチャペックの原作以上に付与しているのである」[4]。
『オックスフォードオペラ事典』によれば「本作では法律上の係争という都会的な世界と、不老不死の霊薬を用いたため、悲劇的な不死を宣告された一人の歌手の不自然な人間像に目を向けた。しかし、この題材はヤナーチェクが自然な寿命の正当性を指摘し、人生に美しさと意味を与えているのは〈死は必ずやって来る〉という事実だと主張している点で、彼の以前の作品と関連している。音楽語法はこれまでの作品にも増して鋭く歯切れが良く、最後のモノローグまで、声とオーケストラが一層大きく離されている」[5]。

佐川吉男によれば「本作はヤナーチェクのオペラの中でも特異な作品と言えよう。〈ヨーロッパ・デモクラシーの詩人〉として現代の機械文明やファシズムの危険を見抜いた数々の名作を発表し、国際的に知られたカレル・チャペックの台本は、人間の生命を300歳までも伸ばす秘薬の実験台にされた医師の娘の話だが、ヤナーチェクの音楽も他の彼のオペラではいつもリアリズムや風刺と表裏一体となっていく温かい叙情味や、まろやかな感触がここでは影を潜めていて、見ようによってはアルノルト・シェーンベルクらの表現主義音楽劇の先駆けとも見られよう」と述べている[6]。
ホースブルグは「彼の最後の二つのオペラ---『マクロプロス事件』と『死者の家から』---においては、彼の主題の展開と探求の体系が究極的な豊かさに到達しており、オペラ化が極めて難しい物語がかえって彼の豊かな才能を引き出している。間断ない旋律の展開は、時にはごく簡潔な楽想にまで達することもあるが、大きな運動の構造の中に織り込まれている。構造上の推進力は極めて柔軟であるので、弾みは維持しており、いかに散文的なものであろうとオペラの各々の瞬間の気分をそれぞれの変形によって特徴的に表現させているのである」[7]。さらに、「『マクロプロス事件』は壮大なオペラである。音楽の深さと多様さ、震えるようなオーケストラの響きが充満している。雰囲気と人物の極めて微妙な相互作用、散文的なものから、実に深い同情に溢れたものへの発展、これが最高級の経験を聴衆に提供してくれるのである」と結論づけている[8]。
戯曲からオペラへ

チャペックの『マクロプロスの処方箋』は哲学的な問いかけを孕んでいるが、同時にこの作品が芝居である点も忘れてはならない。中でも注目すべきは、マルティがオペラ歌手であるという設定である。オペラ歌手は基本的には、その時、その場限りの一回性をパフォーマンスとして体現する表現者である。そのような人物が不老不死となった時にどうなるかといえば、その一回性の無限の反復を余儀なくされるという逆説的な状況が生まれる。チャペックはまさにその点を意識して、マルティをオペラ歌手として設定したのかもしれない。しかし、この芝居から音楽、オペラ作品としての可能性をいち早く感じ取った人物こそが、ヤナーチェクだったのである。1922年12月10日、プラハでの戯曲の上演を鑑賞したヤナーチェクは強い感銘を受け、当時恋心を寄せていたカミラ・シュテスロヴァーにその時の興奮した調子で綴っている[9]。
今、プラハでは《マクロプロス》を上演している。337歳だが今なお若く美しい女性。君もそういうふうになりたいかい? その女性は不幸だ。僕たちが幸せなのは、僕たちの年齢はそれほど長くないと知っているからだ。だから、一瞬一瞬をうまく、適切に使わないといけない。僕たちの生はあまりにも駆け足だ。――そして欲望。 僕の運命は後者だ。あの女――337歳の美女――にはもはや心がなかった。 好ましくないことだ。
1922年12月28日付、ヤナーチェクからカミラ・シュテスロヴァー宛ての手紙
カミラは38歳年下の人妻であったが、晩年のヤナーチェクに創作上の刺激を与えたミューズとして知られる。ともに既婚者であったため、2人の距離は少なからずあり、また年の差もあり、2人が過ごす一瞬一瞬を大切にしていたことはこの文面からも伝わってくる[10]。

ヤナーチェクはただちに原作者チャペックにオペラ化の打診を行うが、チャペックは会話が多いこと、そして、契約上の問題から、同作を基にしたオペラ化をやんわりと断り、三百歳の人間という設定を自由に翻案してはどうかと打診している。まず、会話が多いという点は戯曲という性質上、ある意味で当然のことであり、チャペックなりの拒絶の意志表示とも受け止めることもできる。ヤナーチェクが人々の話し言葉を参照した発話旋律[注釈 2]を多用する音楽化であることをチャペックはほとんど意識していない。モラヴィアの方言など、生きた言葉の旋律をオペラで実現することで知られていたヤナーチェクは、ある意味で口語表現を多用するチャペックの《マクロプロス》には相応しい人物であった。だが、それよりも大きな障壁として立ちはだかったのは契約上の問題である。〈映画化〉、〈音楽をつけること〉には、オペラへの翻案も含まれていた。だが、様々な交渉を経て、〈チェコ語版〉に関してはその対象ではないとの判断に至り、ヤナーチェクはオペラ化の許諾を得る[11]。 チャペックの妹ヘレナによれば、当初疑念を抱いた原作者は上演を観て「思っていたよりも百倍素晴らしかった」と称賛したという。ヤナーチェクのオペラの台本はチャペックの原作に比べると、確かに大幅に短くなっているものの、チャペックの台詞に手を入れた個所はそれほど多くはない。ただ、最後の〈変身〉は割愛されているため、裁判の要素はなくなり、マルティの悲劇的な側面が強まっているとも言える[12]。 さらに、阿部賢一は「チャペックの戯曲がヤナーチェクによってオペラ作品となったことで、歌手の声そのものへの注目が一層高まったと言える。というのも、戯曲であれ、オペラであれ、舞台芸術はまさに役者の身体を通して表現されるからだ」[13]。-中略-「身体と心の同一性題材にしたヤナーチェクのオペラもまた舞台芸術として表現されることによって、さらには原作にはないマルティの歌声がヤナーチェクによって表現されることによって、『マクロプロスの処方箋』という作品に新たな息吹が宿ることになった。そのように考えると、戯曲家チャペックの醍醐味が感じられるのがまさにこの一作とも言えるだろう」と結論付けている[14]。
エミリア・マルティの役柄と音楽
ヤナーチェクのオペラのヒロインの中で本作のエミリア・マルティほど完全に支配的な人物は一人もいない。この特異な人物の性格は、徐々に容赦なく浮かび上がってくる。最初マルティは際立って人目を惹く、魅惑的で捉えどころのない女性であり、男性に対して持てる魅力を武器として使い破滅的な結果をもたらすと思われる。ところが、第2幕では、次々に登場人物たちが彼女に屈服していき、彼女の持つ力の法外さが明らかとなる。-中略-マルティが中間の幕で解き放った緊張は、第3幕で必然的にその結末を迎える。他の人物たちは、その緊張感を共通の力として結集し、集団でマルティの〈罪〉を探り出す決意をする。容赦のない質問攻めにあって彼女は、これまであれほど長い間回避してきた死を受け入れざるを得なくなる。彼女の悲劇の大きさに謙虚になった人々は許しを請うが彼女の態度はシニカルであり、若いクリスタに運命的な不老不死の薬を差し出すのである。だが、ヤナーチェクの音楽は、これまでその大半が音を念入りにくっきりと織り上げてきたものであったが、今やそうした彼女の態度を圧倒するほどの迫力と力強さを得るまでに高まりを見せており、音楽はマルティの生涯の全悲劇を包み込んで、ひたすら彼女に対する哀れみの情を呼び起こすのである[15]。
初演後
プラハでの公演は1928年3月1日にオタカル・オストルチルの指揮により初日を迎えた。ブルノでの初演に続くプラハの公演も大成功で、ヤナーチェクは生前最後の新作オペラの人気に歓喜した[16]。
イギリス初演は1964年2月12日にロンドンで、サドラーズ・ウェルズ劇場によって行われた。出演はマリー・コリアー、グレゴリー・デンプシー、ライムンド・ヘリンクスらで、指揮はチャールズ・マッケラスであった[17]。
米国初演は1966年11月19日にサンフランシスコ歌劇場にて行われた。出演はマリー・コリアー、グレゴリー・デンプシー、ラドジンら、指揮はヤッシャ・ホーレンシュタインであった[18]。
日本初演は1995年4月18日に国立オペラ・カンパニー 青いサカナ団によりなかのZERO大ホールにて、高島秀美のエミリア・マルティ、秋山健治のアルベルト・グレゴル、平山智香子のクリティーナほかの配役、八木清市の演出、日本語での訳詞にて上演された。指揮は神田慶一、演奏はOrchestre de Poisson Bleuと青いサカナ合唱団であった[19]。
主な登場人物
| 人物名 | 原語 | 声域 | 役柄 | 初演時のキャスト 指揮: フランティシェク・ノイマン |
|---|---|---|---|---|
| エミリア・マルティ エリーナ・マクロプロス |
Emilia Marty Elina Makropulos |
ソプラノ | 有名なオペラ歌手[注釈 3] | アレクサンドラ・チュヴァノヴァー |
| アルベルト・グレゴル (愛称ベルチク)[注釈 4] |
Albert Gregor | テノール | 遺産相続訴訟の依頼人 | エミル・オルショフスキ (Emil Olšovský) |
| コレナティ | Kolenatý | バリトン | 弁護士 | フェルディナン・プール (Ferdinand Pour) |
| ヴィーテク | Šiškov | テノール | コレナティの助手 | ヴァレンティン・シンドラー (Valentin Šindler) |
| クリスタ (クリスティーナ) |
Krista(Kristina) | ソプラノ | 新人歌手 ヴィーテクの娘 |
ヨシュカ・マッテソヴァー (Jožka Mattesová) |
| ヤロスラフ・プルス男爵 | Baron Jaroslav Prus | バリトン | 遺産相続訴訟の相手 | ズデネク・オタヴァ |
| ハウク・シェンドルフ | Hauk Sendorf | テノール | 頭の混乱した老人、元外交官[注釈 5] | ヴァーツラフ・シンドラー (Václav Šindler) |
| ヤネク | Janek | テノール | プルスの息子、クリスタの恋人 | アントニン・ペルツ (Antonín Pelc) |
| 掃除婦 | Poklizecka | コントラルト (アルト) |
- | エレナ・イェジコヴァ (Jelena Ježičová) |
| 道具方 | Kněz | バス | - | ヤロスラフ・チハク (Jaroslav Čihák) |
| 小間使い | Komorna | アルト | - | - |
| その他:舞台裏の男声合唱、医者(黙役) | ||||
楽器編成
演奏時間
第1幕:約40分、第2幕:約30分、第3幕:約30分 合計:約1時間40分
あらすじ
背景
有名なオペラ歌手エミリア・マルティは、不老不死の秘薬の実験台にされてから300年が経過し、その効果が薄れつつあった。自身の老化に悩まされつつあった彼女は、さらに300年生きながら得るため、秘薬の生成方法が書かれた文書を取り戻す必要に迫られる。なお、序曲はヤナーチェクの作品の中でも最も形式に則ったものである[20]。
第1幕
- コレナティ博士の事務所

弁護士事務所の秘書であるヴィーテクは、グレゴル家のプルス家に対する遺産相続訴訟についての書類を取り出して調べている。ヴィーテクはこの訴訟がかれこれ100年も続いていることに呆れる。こんなに長い裁判になるのは古い貴族たちが特権階級だからこそだと不平をあらわにする。すると、グレゴルがやって来て、コレナティ博士はいないかと問う。ヴィーテクが先生は裁判所に行っており、不在だと告げる。グレゴルが執拗に裁判結果を心配するので、苛立ったヴィーテクは裁判所に電話をかけるが、コレナティ博士は先ほど帰られたという。長引いた裁判を最高裁に持ち込んで、最終的な決着をつけようとするグレゴルに、ヴィーテクは、もし裁判で負けたら、一審の際に敗訴したグレゴルの父のように裁判費用捻出のために多額の債務を負って自殺するのではないかと言う。そこへ、ヴィーテクの娘クリスタが登場する。クリスタは駆け出しの歌手であり、有名なオペラ歌手エミリア・マルティを崇拝している。グレゴルはそれでは「今夜、劇場に行きましょう。でも、マルティのためではなく、貴女のために」と言うと、クリスタはマルティの素晴らしさを理解できないなんて、見る目がないと言うので、見かねた父ヴィーテクは娘を落ち着かせる。すると、コレナティがエミリア・マルティに付き添われてやって来るので、クリスタは驚き、父にあの方が例のマルティだと告げて立ち去る。マルティは今回の訴訟について知りたいことがあると切り出す。コレナティはちょうど居合わせたグレゴルを彼女に紹介し、本件は1827年に亡くなられたヨーゼフ・フェルディナンド・プルス男爵の遺産相続についての訴訟だと説明する。マルティはペピ(プルス男爵の愛称)が死んだのは知らなかったと言う。マルティは雑誌を読みながら、この裁判の最終公判日が今日だと書いてあるが、詳しく聞きたいと言う。コレナティはこの裁判の経緯を説明する。ヨーゼフ・フェルディナンド・プルスは100年前に遺言を残さずに亡くなり、ロウコフの土地を含む莫大な財産は従弟エメリッヒ・プルス男爵が相続した。その直後に、フェルディナンド・カレル・グレゴルが相続権は自分にあるとして訴訟を起こした。当時、テレジア大学の学生であった彼は故ヨーゼフ氏が当時の大学長を訪問し、ヨーゼフ氏の全財産をグレゴルに譲渡すると表明し、農地や他の不動産から得られる収入は彼が学生の間はその学費に充当され、収支報告書も彼に送付されるようになっており、彼が成人した後には財産が全て譲渡されるようになっていたという事実を盾にとって訴訟を起こしたのだった。これに対して、従弟エメリッヒ・プルス男爵はこれについて故人は遺言状を書き残しておらず、亡くなる前に領地を〈マッハ・グレゴル〉と言う人物に譲ると言い残したと申したて、異議を唱えた。マルティは〈マッハ・グレゴル〉とは実はスコットランドの歌手、エリアン・マクグレゴルの息子のフェルディナンド・グレゴルのことで、遺言状は存在すると言い、屋敷の中の所在場所まで特定する。コレナティは驚きを見せるが、この話を信じようとないが、しぶしぶ遺言状を確かめにプルス邸に出向き、マルティとグレゴルの二人だけが残される。

アルベルト・グレゴルはエミリア・マルティに魅せられてしまい、安易なことにいきなり求愛するが、彼女はグレゴルを子供扱いし、貴方の母は幼少期に貴方をベルチクと呼んでいたでしょと言い当てる。グレゴルはマルティが昔のことを何でも良く知っているので、エリアン・マックグレゴルと言う女性はどんな人物であったか訊く。マルティは、彼女は高名な歌手で美しかったと答える。さらに、もう亡くなったのかと聞かれると、知らないと答える。さらに、グレゴルはマルティに言い寄ると、あっさりと拒絶する。マルティはそんなことより、貴方が持っているギリシャ語の書類が欲しいというが、グレゴルはそんな資料は知らないと言うと、マルティは困惑する[注釈 6]。そこへ、コレナティがプルス男爵と共に戻って来ると、遺言状も手紙やその他の書類もあったと言う。それでも、プルス男爵はヨーゼフ氏の息子の〈フェルディナンド〉が本当にフェルディナンド・グレゴルだと証明するための証拠が必要だと主張する。マルティはそれなら証拠となる手紙を持って来ましょうと言う。コレナティ博士はさらに混乱するのだった。オーケストラの後奏曲[注釈 7]によって幕が閉じる[20]。
第2幕
- 公演終了後の人気のない劇場の舞台

オペラの幕を降ろした空っぽの舞台では道具方と掃除婦が、エミリア・マルティの抜群の歌唱力とそれに熱狂する観客について会話をしている。静かな佇まいの劇場に、恋人であるクリスタとプルス男爵の息子ヤネクがやって来る。クリスタは歌唱の鍛錬に集中するために当面はあまり会わないようにしたいとヤネクに伝える。そこにプルスがマルティを訪ねて現れ、驚いたクリスタとヤネクは舞台袖に逃げる。続いてグレゴル、ヴィーテクもやって来る。マルティも姿を現すと、プルスは実は話があって来たと切り出す。グレゴルが恋するマルティに宝石箱と花束を渡すが、マルティは宝石箱を無駄に金を使ってはいけないと言い返し、現金を差し出す。ヴィーテクは、マルティをかつての名歌手ストラーダのように見事だと賛美する。ところが、マルティはストラーダをはじめ往年の名歌手達を次々と酷評し、さらに、舞台の片隅にいるクリスタとヤネクに愛などに価値はないと言い放つ。その時、せかせかとしたファンファーレに乗って頭がいかれた老いた元外交官のハウク=シェンドルフがやって来て、マルティは50年も前に恋に落ちたロマの女性、エウヘニア・モンテスにそっくりだと言う。不思議なことにマルティはハウクには好意的でキスをすると、浮かれたハウクが去って行く。マルティはヴィーテクが娘のためにサインして欲しいと彼女のブロマイドを差し出すと、快くサインする。マルティはプルスに折り入って話があると言って皆に席を外させる。二人になったプルスは、本棚で遺言状と共にE.Mとイニシャルが書かれた手紙と書類を発見したと明かす。そして、そのE.Mなる女性とヨーゼフ・プルス男爵が関係があったことは内容から明白だと言う。彼女の手紙の一通に1816年11月20日にロウコウで生まれた息子についての記述が見つかった。早速、戸籍を調べたところ、フェルディナンド・グレゴルの出生届にはフェルディナンド・マクロプロスで、私生児で父親不詳、母親はギリシャのクレタ島出身のエリーナ・マクロプロスだと判明したと告げる。さらに、プルスはE.Mはエリアン・マックグレゴルではなくエリーナ・マクロプロスではないかと迫り、マクロプロスという人物が現れない限り、ロウコフの領地はやはりプルス家のものだと主張する。マルティはその人物はきっと現れるだろうと言う。プルスは、そんなことは信じられないと言って立ち去る。代わって、グレゴルが現れる。そしてマルティに激しく恋を告白するが、マルティは少しも相手にせず、居眠りを始める。やむなくグレゴルが場を去ると次に、ヤネクが入ってくる。目を覚ましたマルティは、ヤクネも既に自らの美貌の虜になったと察し、色仕掛けで、父親のプルスから封印書を盗んで来るようそそのかす。ヤネクが戸惑いながらも承諾したその時、見張っていたプルスが現れ、ヤクネを追い払う。マルティはプルスにも色目を使い、今夜封印書を持って来るように説得する。シンバルのロール音で終わるスタッカートのリズムに乗って、プルスは一晩を共にすれば書類を渡すとして承諾してしまう[21]。
第3幕
- ホテルの一室

翌朝、ガウンを着たマルティはプルスと寝室から出てくると、約束通り封印書を受取るが、プルスは安易にマルティの色仕掛けに惑わされて、他人の書類を横領してしまったことを後悔する。そこに召し使いがやって来て、父親にマルティを奪われたことを知ったヤネクが耐えられずに自殺したと告げる。衝撃を受けるプルスをよそに、マルティは顔色一つ変えず、これで何人男が自殺したのかしらと言う。すると、また昨日の老いたハウクが現れ、マルティと一緒にスペインへ行く約束をしたと言う。驚いたことにマルティは一緒にスペインへ行くことに同意をする。その時、グレゴル、コレナティ、ヴィーテク、クリスタ、医師が入ってくる。ハウクは医師に連れ出されてしまう。そして、コレナティ弁護士は、先日マルティから送られた出生証明書にあった男爵の愛人エリアン・マックグレゴルの筆跡と、先日マルティがクリスタにしてあげたブロマイドのサインの筆跡とが同じであったため、証明書は偽物だろうと詰め寄る。進退窮まったマルティは真相を明かす前にとにかく着替えてくると寝室に入る。その間にマルティの所持品を調べるコレナティたちはエリーナ・マクロプロス、エルザ・ミューラー、エカテリーナ・ミシュキン、エリアン・マックグレゴル、エウヘリナ・モンテスなど多くのE.Mのイニシャルのついた書類や品物を見つけ出す。そして、全てがエリーナ・マクロプロスの手紙の筆跡と一致することを発見し、驚き動揺する。着替えを済ませたマルティがウィスキーを片手に現れ、コレナティの裁判官もどきの質問に答え始める。本名はエリーナ・マクロプロス、クレタ島出身、1575年生まれの337歳。父親は神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世の侍医で、不老長寿の薬作りを命じられた。薬が出来ると皇帝は、まず侍医の娘である自分に薬を飲ませた。自分は1週間眠り続け、父親は詐欺罪で投獄されてしまった。その後、目を覚ました自分には、既に長寿を得ていることを確かめる術があるはずもなく、私は薬の処方箋を持って逃げ出し、以後、様々な国で、様々な名を使って身を隠し、世界中を放浪した。ある時、ヨーゼフ・プルス男爵と恋に落ち、フェルナンド・マクロプロス、つまり、フェルナンド・グレゴルを出産した。ここにいるグレゴルは私の玄孫であると言う[注釈 8]。皆は信じることができず、マルティの正体を明らかにしようとする。しかし、マルティはエリーナ・マクロプロスであると主張し続けるが、急速に衰弱していく。混濁する意識の中でマルティの言葉はギリシャ語混じりになり、300年の命は不条理であること、限りがある命こそ価値がある事を悟った。先ほどプルスから受け取った封印書がマクロプロスの処方箋だが、もう必要はないと言う。そしてクリスタにヤネクを死に追いやったことを謝り、処方箋を渡し、これを飲めばマルティのような歌手になれると告げる。クリスタがマクロプロスの処方箋に火をつける。赤く燃え上がる炎があたりを照らすと、マルティはギリシャ語で「我らの父よ」(Pater hemon)と呟いて、余りにも長過ぎた人生に安堵と幸福のうちにようやく終止符を打つのだった。
主な全曲録音
| 年 | 配役 エミリア・マルティ アルベルト・グレゴル コレナティ クリスタ ヤロスラフ・プルス ヴィーテク | 指揮者 管弦楽団および合唱団 | レーベル EAN番号 |
|---|---|---|---|
| 1966 | リブシェ・プリロヴァ イヴォ・ジーデク カレル・ベルマン ヘレナ・タッテルムスホヴァー プルジェミスル・コチー ルドルフ・ヴォナーセク |
ボフミル・グレゴル プラハ国民劇場管弦楽団 プラハ国民劇場合唱団 |
CD:Supraphon EAN:0099925835125 |
| 1978 | エリザベート・ゼーダーシュトレーム ペテル・ドヴォルスキー ダリボル・イェドリチカ アンナ・チャコヴァー ヴァーツラフ・ズィーテク ヴラジミール・クレイチーク |
チャールズ・マッケラス ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団 |
CD:Decca EAN:0724357248426 |
| 1995 | アニャ・シリヤ キム・ベグリー アンドリュー・ショア マヌエラ・クリスチャック ビクター・ブラウン アントニー・ローデン |
アンドルー・デイヴィス ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 グラインドボーン音楽祭合唱団 演出:ニコラウス・レーンホフ |
DVD: Art Haus Musik EAN:4909346032552 グラインドボーン音楽祭 でのライヴ録画 |
| 2007 | シェリル・バーカー ロバート・ブルーベイカー ニール・デイヴィス キャスリーン・ウィルキンソン ジョン・ウェグナー ジョン・グラハム・ホール |
チャールズ・マッケラス イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団 イングリッシュ・ナショナル・オペラ合唱団 |
CD:Chandos EAN:0095115313824 英語歌唱 |
| 2011 | アンゲラ・デノケ レイモンド・ヴェリ ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー ユルギタ・アダモニテ ヨハン・ロイター ピーター・ホア |
エサ=ペッカ・サロネン ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団 演出:クリストフ・マルターラー |
DVD:C MAJOR EAN: 814337010959 ザルツブルク祝祭大劇場 でのライヴ録画 |
