マティルデ・ディ・シャブラン

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マティルデ・ディ・シャブラン』(: Matilde di Shabran)は、ロッシーニ1821年に作曲したオペラ・セミ・セリア。この作品はローマ初演作としては最後を飾るものとなっている。

ローマでの初演とトラブル

1820年にロッシーニはナポリで「マオメット2世」の作曲に着手したが、7月に起きたカルボナリ党の暴動騒ぎが原因で9月に予定していた初演がキャンセルされると、ローマのアポッロ劇場所有者であるジョヴァンニ・トルローニアと同劇場の興行師ルイージ・ヴェストリの新作依頼を受けることとした(その結果、ナポリでの「マオメット2世」の初演は同年12月3日までずれ込んでしまった)。あらかじめナポリ在住の作家が選び取った題材としてフランス語戯曲「マティルド」が選ばれたが、それは他の作曲家が好んで取り上げた題材だった。

ロッシーニは、「マティルド」第1幕を携えローマ入りしたが、登場人物や歌手の顔ぶれが一致せず、検閲もパスしない可能性があり、これを断念。「チェネレントラ」の台本作者ヤーコポ・フェッレッティに新たな題材を求めたが、多忙を理由にフェッレッティは代わりにフランソワ=ブノワ・オフマンの「ウフロジーヌ、または矯正された暴君」を原作に「コルラディーノ」を提示した。これを下敷きにロッシーニは作曲に着手。アポッロ劇場に対しては予め「マティルデ」と告知していたために、題名を「マティルデ・ディ・シャブランまたは美女と鉄の心」を変える事とした。

しかし、ローマ入りが遅れたことや台本の変更により約束の期日までに作曲することは不可能だった。そのためアポッロ劇場は「チェネレントラ」でシーズンの幕を開け、他者の作品を先行上映して時間稼ぎをしたものの、その段階でもフェッレッティの台本は完成せず、ロッシーニは第2幕の音楽(導入曲、三重唱、二重唱の後半部)をジョヴァンニ・パチーニに委ねることとした。

全ての音楽を揃え、稽古も開始したが、2月24日の初演を前に新たな問題が起こった。稽古の日にコンサートマスター兼指揮者が卒中で倒れ、第1ホルン奏者も病気で演奏できなくなったのである。そのようなピンチを助けてくれたのはたまたまローマに滞在していたヴァイオリニストニコロ・パガニーニであった。パガニーニは代わりに指揮をする一方で、第2幕のエドアルドのアリアのホルン独奏をヴィオラ演奏で補った。しかし演奏時間3時間の大作で準備不足のために、初演の評価は観客の間で真っ二つだったとされる。

ナポリ版の完成

ローマでの初演を終えて程なく、ナポリのフォンド劇場から再演依頼を受けると、ロッシーニは、パチーニの代作部分及び「リッチャイルドどゾライーデ」から流用した第1幕のコルラディーノのシェーナとアリアを除去して新たに作曲した音楽に差し替えた。そして11月11日にナポリ版の初演を迎えることとなる。

作品の特徴

この作品はナポリ版が決定版とされているが、ナポリ版は登場人物の一人である詩人イシドーロの台詞が全てナポリ方言で書かれているために、ローマ版のほうが世間に流布することとなった。しかし、ナポリ版の特徴として、詩人をナポリの聴衆向けにナポリ方言で歌わせていること、女嫌いのコルラディーノとそれを口説き落とそうとするマティルデとの駆け引きを描いた喜劇的な部分とコルラディーノに囚われたエドアルドとその父親ライモンドの悲劇的な部分がミックスされた構成となっている。更に、1幕だけでも2時間を要する上に、エドアルドとマティルド、及びイシドーロのアリアを除けば重唱を中心に構成されており、各役の登場のアリアを欠く構成となっている。更にコルラディーノは重唱の中でアジリタの技巧とハイCの連発という至難の業を駆使しなければならない難役となっている。

ナポリ版による20世紀の復活上演は1996年8月13日ペーザロロッシーニ・オペラ・フェスティバルであるが、コルラディーノ役としてブルース・フォードの代わりとして急遽ファン・ディエゴ・フローレスが抜擢された。

編成

登場人物

  • コルラディーノ(女嫌いの城主)…テノール
  • マティルデ・シャブラン…ソプラノ
  • ライモンド・ロペス(コルラディーノの宿敵でエドアルドの父)…バリトン
  • エドアルド(ライモンド・ロペスの息子で囚われの身)…メゾソプラノ
  • アリプランド(コルラディーノの侍医)…バス
  • イシドーロ(詩人)…バリトン
  • アルコの伯爵令嬢…メゾソプラノ
  • ジナルド(塔守)…バス
  • エゴルド(村人のリーダー)
  • ロドリーゴ(武装護衛長)

管弦楽

  レシタティーヴォ用に

あらすじ

主要曲

外部リンク

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