マリー=アストリッド・ド・リュクサンブール

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全名
配偶者 カール・クリスティアン・ハプスブルク=ロートリンゲン
子女
マリー=アストリッド
Marie-Astrid
パルム=リュクサンブール家
マリー=アストリッド(2025年)

全名
出生 (1954-02-17) 1954年2月17日(71歳)
ルクセンブルクの旗 ルクセンブルクベッツドルフ城英語版
配偶者 カール・クリスティアン・ハプスブルク=ロートリンゲン
子女
父親 ルクセンブルク大公ジャン
母親 ジョゼフィーヌ=シャルロット・ド・ベルジック
宗教 キリスト教カトリック教会
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マリー=アストリッド・ド・リュクサンブールMarie-Astrid de Luxembourg[1], 1954年2月17日 - )は、ルクセンブルク大公国大公家の成員。ルクセンブルク大公アンリの姉で、婚姻によりハプスブルク=ロートリンゲン家の成員となった。

父ジャン大公の即位式で母の隣に座るマリー=アストリッド、1964年

ルクセンブルク大公ジャンと妻ジョゼフィーヌ=シャルロット大公妃の間の第1子・長女。

洗礼の代父母は父方祖母のルクセンブルク女大公シャルロット及び母方祖父のベルギー王レオポルド3世。正式な洗礼名はマリー=アストリッド・リリアーヌ・シャルロット・レオポルディーヌ・ヴィレルミーヌ・イングボル・アントワネット・エリザベート・アンヌ・アルベルト(Marie-Astrid Liliane Charlotte Léopoldine Wilhelmine Ingeborg Antoinette Élisabeth Anne Alberte)であり、「マリー=アストリッド」の名の連なりは聖母マリア及び早世した母方祖母のベルギー王妃アストリッドに因む。

1970年代、宗派の違いがあるにもかかわらず、イギリス王位継承者ウェールズ公(チャールズ3世王)が王室同士の婚姻を固守する場合の最も相応しいお妃候補だと言われ、1977年にはイギリスの大衆紙『デイリー・エクスプレス』が2人が婚約間近と(誤って)報じたこともあった[2]

1972年18歳成人に伴いルクセンブルク大公家の慣例としてアドルフ・ド・ナッソー勲章英語版大十字章を受け[3]、他に1980年スペインのイサベル・ラ・カトリカ勲章英語版大十字章を受けている[4][5]

結婚と子女

引用・脚注

関連項目

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