マルガレータ・ローゼンボーム
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デン・ハーグで風景画家のニコラース・ヨハネス・ローゼンボーム(1806-1880)の娘に生まれた[1] 。母方の祖父、アンドレアス・スヘルフハウト(1787–1870)も有名な風景画家で、父親の師匠でもあった。子供時代に両親とベルギーのブリュッセルに移り、父親から絵を学んだ。24歳になったころオランダに戻り水彩画を学び、祖父からも指導を受けた。
ハーグの美術家グループ、プルクリ・スタジオの展覧会に作品を出展し、後にその会員となった。アムステルダムの美術団体「Arti et Amicitiae(芸術と友情)」の招待会員でもあった。1873年のウィーン万国博覧会と1893年のシカゴ万国博覧会に出展し、賞を受賞した。
1892年12月に画家のヨハネス・フォーゲル(Johannes Gijsbert Vogel: 1828–1915)と結婚した[1] 。夫は11カ月ほど前に亡くなったいとこの女性の夫であった。1896年12月、オランダ中部のフォールブルフで転落事故の負傷がもとで53歳で亡くなった。
ローゼンボームはアドリアンネ・ホーヘンドルプ(Adrienne van Hogendorp: 1857–1920)やヘレーネ・クラマー(1844-1916) といった多くの女性画家を指導したことでも知られている[2]。