マルクス・アイゼンビヒラー
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | Markus Eisenbichler | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 誕生日 | 1991年4月3日(34歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 |
ドイツバイエルン州ジークスドルフ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 175cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| クラブ | TSV Siegsdorf | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最高記録 | 248.0m | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ワールドカップ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| シーズン | 2011 - 2025年 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 優勝回数 | 3 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 他の表彰台 | 25 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 表彰台獲得数 | 28 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 最終更新日:2025年4月3日 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
マルクス・アイゼンビヒラー (Markus Eisenbichler、1991年4月3日 - ) は、ドイツバイエルン州ジークスドルフ出身の元スキージャンプ選手である。2022年北京オリンピック男子団体銅メダリスト、ノルディックスキー世界選手権およびスキーフライング世界選手権メダリスト。
コンチネンタルカップのデビューは、2008/09シーズンのエンゲルベルク大会(
スイス)で、1日目56位、2日目20位でポイントを獲得した。ワールドカップのデビューは2009/10シーズンのクリンゲンタール大会(
ドイツ)で、予選を通過できなかった。サマーグランプリのデビューは2011シーズンのアルマトイ大会(
カザフスタン)で、19位でポイントを獲得した。2011/12シーズンのスキージャンプ週間オーベルストドルフ大会(
ドイツ)で30位に入り、初めてワールドカップポイントを獲得した。
2012年8月、練習中に転倒し胸椎骨折の重傷を負ったが[1]、2013年の冬にはコンチネンタルカップに復帰した。
2013/14シーズンは主にコンチネンタルカップに参戦し、札幌大会(
日本)で2勝(うちSTV杯も優勝)し、直後のワールドカップ札幌大会では2日とも8位と、初のトップ10入りを果たした。この年のスキーフライング世界選手権ハラコフ大会(
チェコ)は38位であった。
2014/15シーズンはワールドカップにフル参戦し、トップ10に8回入り、総合15位で終えた。世界選手権ファールン大会(
スウェーデン)は個人ラージヒル10位、男子団体5位であった。
2015/16シーズンはコンチネンタルカップとワールドカップを行き来し、コンチネンタルカップでは優勝2回、ワールドカップでは最高15位で、総合39位であった。
2016/17シーズンは夏のコンチネンタルカップで5回の優勝を挙げ、ワールドカップではリレハンメル大会(
ノルウェー)2日目で3位に入り初の表彰台を獲得した。この年はオスロ大会(
ノルウェー)およびプラニツァ大会(
スロベニア)でも3位で、総合8位であった。世界選手権ラハティ大会(
フィンランド)では、個人ノーマルヒル2位、混合団体優勝のメンバーとなった。
2017/18シーズンはワールドカップにフル参戦し、ラハティ大会(
フィンランド)で2位に入るなどし総合10位であった。平昌オリンピック(
韓国)では個人2戦に出場した。スキーフライング世界選手権オーベルストドルフ大会(
ドイツ)は個人11位、団体4位のメンバーとなった。
2018/19シーズンは、ワールドカップで小林陵侑と表彰台を争い、プラニツァ大会(
スロベニア)1日目に初優勝し、2位4回、3位2回で総合7位であった。世界選手権ゼーフェルト大会(
オーストリア)では、個人ラージヒル、男子団体、混合団体で3つの金メダルを獲得した。
2019/20シーズンはやや不調に陥り、ワールドカップ前半は2回目に進めないことも多かった。リレハンメル大会(
ノルウェー)の2位が最高で、総合23位でシーズンを終えた。
2020/21シーズンはワールドカップ開幕戦のヴィスワ大会(
ポーランド)、第2戦のルカ大会(
フィンランド)と連勝し、2位4回、3位3回と安定した成績で総合2位で終えた。前シーズン末に行われる予定であったがコロナ禍で今シーズンに順延されたスキーフライング世界選手権プラニツァ大会(
スロベニア)は個人3位、団体2位のメンバーとなり、シーズン終盤に行われた世界選手権オーベルストドルフ大会(
ドイツ)では、個人戦は2戦とも17位であったが、男子団体、混合団体で金メダルのメンバーとなった。
2021/22シーズンは、ワールドカップで2位2回、3位4回であったが、2本目に進めない試合もあり総合6位で終えた。北京オリンピック(
中国)は個人ノーマルヒルは31位で2本目に進めず、個人ラージヒルは5位、男子団体では銅メダルのメンバーとなった。フライング世界選手権ヴィケルスン大会(
ノルウェー)は団体戦で2位のメンバーとなった。
2025年3月、引退を表明して臨んだワールドカッププラニツァ大会の団体戦でアンカーを務め、2位に貢献した[2]。