マルネウリ
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マルネウリ მარნეული | |||
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マルネウリ地区庁舎 | |||
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| 北緯41度29分49秒 東経44度48分39秒 / 北緯41.49694度 東経44.81083度 | |||
| 国 |
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| 州 | クヴェモ・カルトリ州 | ||
| 地区 | マルネウリ地区 | ||
| 最高標高 | 421 m | ||
| 最低標高 | 419 m | ||
| 人口 (2014年[1]) | |||
| • 合計 | 20,211人 | ||
| 等時帯 | UTC+4 (GET) | ||
| 市外局番 | 357[2] | ||
| 気候区分 | Cfa | ||
| ウェブサイト |
www | ||
マルネウリの位置 | |||
マルネウリ(グルジア語: მარნეული、[mɑrnɛuli]、グルジア語ラテン翻字: Marneuli)は、ジョージア南部のクヴェモ・カルトリ州に位置する小都市。マルネウリ地区の中心都市。アゼルバイジャンおよびアルメニアと国境を接している。
歴史
マルネウリは「ロムタゴラ=マルネウリ」「エクレシ」「チャンダル=サンダリ」「サルヴァニ」の村が統一したことにより成立した、大規模な集落である。最も古い集落は、13基の文献で言及のあった「ロムタゴラ」であり、アルゲティ川の右岸に巨石の城郭を複数築いた。主要な役割として機能する城があり、交通の要衝であった。巨石時代の城郭・要塞や、初期の封建制度の教会の遺跡は、現在もマルネウリの地域に保存されている。
17世紀になると、サファヴィー朝のアッバース1世が先住のジョージア人に代わり、ボルチャルのトルクメン族を入植させ、後に「ボルチャロ」と改名された。1947年、集落の名称は、古来のジョージアでの呼称である「マルネウリ」に戻された。なお1947年から1952年まではサルヴァンとも呼ばれ、この呼称はいくつかの文書・資料において現在も使用されている[5]。マルネウリの集落は、1964年に「市」に昇格した。
今日のマルネウリには、ジョージアの空軍基地が置かれている。2008年8月8日、南オセチア紛争にて爆撃を受け、報道によると死者4人(いずれもジョージア人)[6]、負傷者5人[7]を出した。
