マンジール

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マンジール
منجيل
マンジール(2011年撮影)
マンジール(2011年撮影)
位置
マンジールの位置(イラン内)
マンジール
マンジール
マンジール (イラン)
座標 : 北緯36度44分40秒 東経49度24分03秒 / 北緯36.74444度 東経49.40083度 / 36.74444; 49.40083
行政
イランの旗 イラン
  ギーラーン州
  ルードバール郡英語版
 地区英語版 中央地区英語版
  マンジール
人口
人口 (2016年現在)
  市域 15,630人
  備考 [1]
その他
等時帯 イラン標準時 (UTC+3:30)

マンジールペルシア語: منجيل、Manjīl、Menjīl[2])は、イラン北西部のギーラーン州ルードバール郡英語版中央地区英語版市(シャフル)マンジルとも表記する。人口は15,630人(2016年国勢調査[1])。

マンジールは歴史的に南カスピ海地域の玄関口として機能してきた。そのためマンジールには多くの遺跡が存在し、合法性を問わず発掘調査が行われてきた。この中にはハサン・サッバーフの宗教運動などイスマーイール派時代のものや、紀元前3千年紀から2千年紀頃の遺物が見つかっている。

1918年6月12日、バクー・コミューンの鎮圧を目指して進軍するイギリス白色運動連合軍と、Mirza Kuchik Khan率いる反乱軍Jungle Movement of Gilanはマンジールで軍事衝突を起こした[3]。イギリス軍のライオネル・ダンスターヴィル英語版将軍は、自身がダンスター部隊英語版を指揮していた間に記した私的な日記やメモは、曾孫によって複写され、第一次世界大戦一次資料アーカイブに所蔵されている[4]

1990年6月20日、イラン北西部ルードバール地震によって壊滅的な被害を受けたが[5]、その後は産業と経済の成長により急速に復興した。

住民

2016年国勢調査によると人口は15,630人である[1]

マンジールにはアゼルバイジャン人のアンマール族(ʿAmmārlu)、GilaksTat peopleクルド人などが住んでいる[6]

地理

交通

脚注

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