マーク・リボー

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ニュージャージー州ニューアーク出身。

1978年ニューヨークに移り、ジャック・マクダフウィルソン・ピケットのバック・バンドを経て[2]1984年ラウンジ・リザーズアート・リンゼイの後任として加入。個人では、ジョン・ゾーンのメジャー・デビュー作『復讐のガンマン〜エンニオ・モリコーネ作品集 (The Big Gundown)』の制作にも協力した。その後、ラウンジ・リザーズのメンバーとジャズ・パッセンジャーズを結成。

セッション活動

セッション・プレイヤーとしてジョン・ルーリーと共にトム・ウェイツレイン・ドッグ』(1985年)に参加、その後もウェイツのアルバム制作やツアー・メンバーに加わり、日本でリボーのプレイは高い評価を得る。日本のシンガー・ソングライターSIONのアルバム『春夏秋冬』(1987年)にも参加し、以後、SIONと親交を深めていった[3]。リボーの表現力は多くのシンガーに共感を得る存在となり、ビートニクアレン・ギンズバーグポール・マッカートニーが連名で発表したシングル「Ballad of the Skeletons」(1996年)に参加している[4]

また音楽プロデューサーT・ボーン・バーネットが手がける作品に関与することとなり、エルヴィス・コステロのアルバム『スパイク』(1989年)への参加以降、度々共演するようになった。2007年には同じくT・ボーン・バーネットがプロデュースした、アリソン・クラウスロバート・プラントのアルバム『レイジング・サンド』に参加し、アルバム発表後のツアーにも同行、レッド・ツェッペリンの曲などを演奏した。矢野顕子との2008年のアルバム『akiko』の制作にも大きく寄与して、そのアイデアを生かしてレッド・ツェッペリンの曲を取り上げている。

ソロ、リーダー・グループ活動

1990年、初のリーダー・アルバム『Rootless Cosmopolitans』をAntilles Recordsから発表、自作曲に加え、ジミ・ヘンドリックスビートルズデューク・エリントンの曲を独自の解釈で演奏している。またノイズフリー・ジャズをミックスしたグループであるシュレックや、キューバのギタリスト、アルセニオ・ロドリゲスの楽曲を演奏した『マーク・リボーと偽キューバ楽団』名義でライブ活動を行うことにより評価されている。サルサの伝説、ジョー・バターンと共演する他、このバンドで2001年に来日している。単独のギター演奏によるパフォーマンスやアルバムをリリースしていてビートルズアルバート・アイラーの曲がたびたび取り上げられている。また2005年にはインディペンデントのレーベルPI Recordingsから、アルバート・アイラーのトリビュート・アルバム『Spiritual Unity』をヘンリー・グライムスとのカルテットで発表。アイラーの微妙なヴィブラートをギターで表現している。リーダー名義ではないがジャズ・パッセンジャーズヴィブラフォン奏者であるビル・ウェアとのデュオ作『サー・デューク (Sir Duke)』でデューク・エリントンの楽曲を構築している。2007年には、トリオ編成のセラミック・ドッグを結成、2008年にファースト・アルバム『パーティー・インテレクチュアルズ』発表。

ジョン・ゾーンの主宰するレーベルツァディクから、様々なカテゴリー(映画音楽現代音楽急進ユダヤ音楽)のアルバムを制作している。

  • ギターそのものの特性を生かしたビブラート、スクラッチ、ピッキング・ノイズやアンプ、スピーカーを使った歪み、フィードバックなどに特徴があるのがマーク・リボーのギター・スタイルでもある。

共演アーティスト

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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