ミクラ・ダヴィドヴィチ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ミクラ・ダヴィドヴィチ
Микула Давыдович
クニャージ
在位 12世紀

子女 フセスラフ
イジャスラフ
家名 リューリク家
父親 ポロツク公ダヴィド?
テンプレートを表示

ミクラ・ダヴィドヴィチロシア語: Микула Давыдович)は、12世紀の、ポロツク公家(ポロツク・イジャスラフ家(ru))出身のクニャージ(公)である。

12世紀末のロゴジュスク公フセスラフ父称(ミクリチ)より、ミクラという名が確認できる。E.ザゴルリスキー(ru)は1994年の著書において、ミクラをポロツク公ダヴィドの子とし[1]、後(1998年)にミンスク公グレプの子か孫、あるいはグレプの子フセヴォロド(be)と同一人物(フセヴォロドの聖名がミクラ)である可能性をも示唆した[2]。V.ノセヴィチ(ru)もまたミンスク公グレプの子と推測している。また、O.ラポフ(ru)イジャスラヴリ公ヴォロドシャの子ではないかと論じている。

ミクラの子としては、上記のフセスラフとイジャスラフ(異説あり)が挙げられるが、ミクラの孫・子孫に関しては明らかではない。

Related Articles

Wikiwand AI