ミケーレ・ルッジェーリ
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ルッジェーリはナポリ王国のプッリャ州スピナッツォーラで生まれた。はじめフェリペ2世の宮廷で働いていたが、1572年にイエズス会に入会し、コインブラ大学で哲学と神学を修めた後、1578年に司祭に叙階されてゴアに赴任した。アレッサンドロ・ヴァリニャーノの要請によって、1579年にルッジェーリはマカオに派遣され、そこで中国語と中国の習慣を学んだ。マカオには後にマテオ・リッチも加わった。
1583年、ルッジェーリとリッチは広東省肇慶に教会を建設した。元代のものを別にすれば、これは中国最初のカトリック伝道所だった。
1588年、ヴァリニャーノはルッジェーリをローマに派遣した。その目的は中国宣教の許可を得るためにローマ教皇の使者を明に派遣するよう要請することにあったが、当時のローマは4人の教皇が次々に死亡する混乱状態にあり、目的を果たすことができなかった。ルッジェーリはそのままイタリアに留まり、1607年にサレルノで没した。
