ミサ曲第2番 (シューベルト)
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1815年の3月2日から7日にかけて書かれ、シューベルト一家が通うリヒテンタールの教区教会での演奏を念頭に置いての作曲だったと思われる[1]。しかし、楽譜はシューベルトの死後数年経った1845年まで出版されず、その時まで作曲者の知られない楽曲のひとつだった。あまりに無名なため、初版はプラハの聖ヴィート大聖堂で音楽監督を務めたロベルト・フューラーが自作と偽って発表していたほどであった。フューラーは最終的に横領の罪で収監されている。時とともにやがて真の作曲者が明らかにされ、現在では人気を獲得している[1]。
本作は元来ソプラノ、テノール、バス独唱と合唱、弦楽合奏とオルガンのみを必要とする、小規模な編成だった。しかし、1980年代にクロスターノイブルクでシューベルトの総譜よりも新しい日付の記されたまとまったパート譜が発見され、作品の最終的な構想がトランペットとティンパニのパートを加え、全体に細かい修正を施されたより大きな規模のものだったことが明らかとなった。これを受けてカールスから増強版の総譜が出版されている。これとは別にシューベルトの兄のフェルディナントは、作品の人気に応える形で木管楽器、金管楽器とティンパニのパートを書いている。

