ミシックトライブ
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競走馬時代
ニアルコス・ファミリーの所有馬としてジョン・ハモンド厩舎に所属し、1999年11月16日にリヨン=パリイ競馬場でのマリアスブーレ賞でキャッシュ・アスムッセンの騎乗によりデビューして6着[3]。この一戦で現役を引退した。
競走成績
| 出走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離 | 頭数 | 枠番 (Corde) | 馬番 (#) | 着順 | 騎手 | 斤量 [kg] | タイム | 着差 | 勝ち馬/(2着)馬 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1999.11.19 | リヨン=パリイ | マリアスブーレ賞 | 芝1350m | 12 | 8 | 8 | 6着 | C. アスムッセン | 54 | (5馬身) | Bagatelle | [3] |
引退後
競走馬引退後にアロースタッドに購入されて日本へ輸出され、5歳となった2000年より供用が開始された。日本軽種馬協会のデータベース[4]によれば、2000年は103頭の繁殖牝馬に種付けを行ったが、供用4年目となる2003年にはひと桁にまで減少。2004年の繁殖シーズン後にアロースタッドを去り、青森県にある個人の牧場へ移動した。2008年10月7日付で用途変更となり[5]、種牡馬からも引退した。
産駒は2003年より競走馬デビューを果たしており、同年12月にニホンピロアイシャが産駒の中央競馬初勝利を記録している。産駒から中央・地方通じ重賞勝ち馬は出なかったが、母の父としてJBCスプリント勝ち馬のコーリンベリー[6] を出している。