ミステリー・ディスク

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リリース
録音 1962年 - 1972年
レーベル
プロデュース フランク・ザッパ
『ミステリー・ディスク』
フランク・ザッパコンピレーション・アルバム
リリース
録音 1962年 - 1972年
レーベル
プロデュース フランク・ザッパ
専門評論家によるレビュー
AllMusic Rating 星3 / 5 link
フランク・ザッパ アルバム 年表
  • Have I Offended Someone?
  • (1997年 (1997)
  • ミステリー・ディスク
  • (1998年 (1998)
  • Everything Is Healing Nicely
  • (1999年 (1999)
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ミステリー・ディスク』(Mystery Disc)は、アメリカ合衆国のロック・ミュージシャンのフランク・ザッパが編集したアルバム。1980年代に彼が編集したLPレコードのボックス・セットThe Old Masters Box One(1985年)とThe Old Masters Box Two(1986年)に添付されていた『ミステリー・ディスク』の収録曲から構成されている。

経緯

ザッパは1981年にBarking Pumpkin Recordsを設立し、1960年代にヴァーヴ・レコードから発表したアルバムを含めて、これまでに様々なレコード会社から発表したザ・マザーズ・オブ・インヴェンションThe Mothers of Invention、MOI)名義とザッパ名義アルバム全てに対する権利を獲得した。そこで彼は、MOI名義の13作とザッパ名義の5作をリミックスして、これらのアルバムを発売順に完全収録した[注釈 1]The Old Mastersのシリーズを発表した。

このシリーズはBox One(1985年4月)、Box Two(1986年11月)、Box Three(1987年12月)の3部からなり、Box OneBox Twoには未発表音源を収録した『ミステリー・ディスク』が含まれた。Box Oneの『ミステリー・ディスク』(以下、Mystery Disc 1)には未発表音源20曲に加えて、MOIが1967年に発表したシングル[1]から'Why Don't You Do Me Right'と'Big Keg Emma'が収録され、ザッパによる解説が添付された。Box Twoの『ミステリー・ディスク』(以下、Mystery Disc 2)には未発表音源15曲が収録され、Mystery Disc 1と異なり、ザッパの解説は添付されなかった。

ザッパが1993年に病没した後の1998年、Mystery Disc 1から'Why Don't You Do Me Right'と'Big Keg Emma'を除く[注釈 2]20曲、Mystery Disc 2から全15曲の計35曲が一枚のCDに収録されて、『ミステリー・ディスク』として発表された。

内容

ザッパは1969年8月のインタビューで、The History and Collected Improvisations of The Mothers Of Inventionと題した10枚組アルバムを年内に発表すると語った。彼はこのアルバムにMOIの音源だけでなく、彼がミュージシャンとしての道を歩み始める前の1950年代に録音したものや、MOIが結成される前の1960年代前半にカリフォルニア州クカモンガ(現ランチョ・クカモンガ)で行なった初期の音楽活動の未発表音源も収録するつもりだった。しかし、この計画は主に経費が理由で実現しなかった[注釈 3][2]Mystery Disc 1とMystery Disc 2には、The History and Collected Improvisations of The Mothers Of Inventionに収録される予定だった曲も幾つか含まれたとされている。以下、ライコディスク(RCD 40573)のライナーノーツと参考文献に基づいて、内容を概説する。

ザッパの作曲家としての初仕事になった西部劇映画"Run Home Slow"[3][注釈 4](1965年)の主題曲'Theme From Run Home Slow'は、1964年にロサンゼルスのOriginal Soundのスタジオで11人編成のオーケストラとザッパ(ギター)によって録音された。なお1996年に発表された編集アルバム『ロスト・エピソード』には、同じ顔ぶれによって録音された'Run Home Slow Theme'が収録されたが、ステレオ録音である、冒頭部分でトロンボーンとピアノが演奏されている、ギター・ソロがない、トランペットの演奏が異なる、などの違いがあり[4][注釈 5]、異なる音源であると推測されている。

'Original Duke of Prunes'は'Theme From Run Home Slow'と同じ顔ぶれによって録音された。後にザッパはこの曲に詞をつけて、'The Duke of Prunes'としてMOIのアルバム『アブソリュートリー・フリー』(1967年)で発表した。

ザッパは1960年にレコーディング・エンジニアのポール・バフ(Paul Buff)に出会い、バフが50年代後半にクカモンガに設立したパル・レコーディング・スタジオ(本稿ではパル・スタジオと略する)で[注釈 6]、バフから技術を学びながら共同または単独で様々なレコーディングを行なっていた。そして"Run Home Slow"の音楽を担当して得た報酬を資金源に、1964年7月にバプからパル・スタジオを買い取ってスタジオZと改名して、8月1日に再出発させた。'Opening Night at "Studio Z" (Collage)'は、再出発のパーティーでの録音のコラージュで、出席したドン・グレン・ヴリート[注釈 7]ジム・シャーウッド[注釈 8]レイ・コリンズ[注釈 9]などの声が収録された。

'The Village Inn'と’Steal Away'[注釈 10]はクカモンガから80マイルほど離れたサン・ビレッジ(Sun Village)にあるビレッジ・イン(The Village Inn)で1965年の初頭に録音された。当時、ザッパは週末にビレッジ・インで演奏して一晩につき7ドルを受け取った[5]。ベース・ギターを演奏したジョニー・フランクリンは、ザッパがアンテロープ・バレー・ハイ・スクールに在学中に結成したザ・ブラックアウツ(Tha Black-Outs)のメンバーだった[6][注釈 11]。ビレッジ・インとフランクリンは、MOIのアルバムRoxy & Elsewhereに収録された'Village of the Sun'で取り上げられた[7]

'I Was a Teen-age Malt Shop'[8]と'The Birth of Captain Beefheart'は1964年12月にスタジオZで録音された。'I Was a Teen-age Malt Shop'はザッパが当時書いていたロックン・ロールのオペラ[注釈 12]の主題曲。ヴリートが題を読み上げ、ザッパ(ピアノ)、ジム・シャーウッド(ギター)、ヴィック・モーテンセン(ドラムス)[9][注釈 13]による演奏が続く。'The Birth of Captain Beefheart'は、ザッパとヴリートが共同で制作していたSF映画"Captain Beefheart Vs. The Grunt People"[10]の科白である。この制作では、ザッパが台本を書いてヴリートが主役のCaptain Beefheart[11][注釈 14]を演じていた[注釈 15]

'Metal Man Has Won His Wings'[12]は、ザッパがヴリート(ボーカル)、モーテンセン(ドラムス)、Janschi(リズム・ギター)と結成したザ・スーツ(The Soots[13][14][15]の演奏。1964年にパル・スタジオで録音された。

'Power Trio from The Saints N' Sinners'は、ザッパがレス・パップ(ドラムス)、ポール・ウッズ(ベース・ギター)と結成したThe Muthers[16][注釈 16]が、1964年もしくは1965年の週末に、オンタリオで演奏していた時の録音。

'Bossa Nova Pervertamento'は、1965年3月25日にスタジオZでザッパがThe Muthersのパップ、ボビー・サルダナ(ベース・ギター)と行なったセッションを録音したもの。

'Excerpt from The Uncle Frankie Show'は、ザッパがポモナ・カレッジのラジオ局のKSPCで放送する為にスタジオZで制作した音声の抜粋。録音はおそらく1964年10月であろうと推測されている。当時、彼は在校生のふりをして、このラジオ局に出入りしていた。

'Charva'はザッパが1964年にスタジオZでボーカル、ピアノ、ドラムスを全て自分で担当して録音した。彼が晩年に編集したアルバム『ロスト・エピソード』(1996年)には、同じ録音をモノラル編集したものが収録された。

'Speed-Freak Boogie'は、ザッパが1963年にパル・スタジオでダグ・ムーン[注釈 17](リズム・ギター)と録音したもの。ムーンが刻むリズムが一定の速度を保っているのに対して、ザッパのリード・ギタ―は速度を上げて再生されている。この技法はMOIのアルバム『アンクル・ミート』(1969年)に収録された'Nine Types of Industrial Pollution'でも用いられた。

'Original Mothers at The Broadside (Pomona)'は、コリンズが在籍していたザ・ソウル・ジャイアンツがザッパをギタリストとして迎えて[17][注釈 18]、彼等が活動の拠点にしていたポモナのブロードサイドというバーで録音した。

'Party Scene from Mondo Hollywood'は1967年に公開された記録映画”Mondo Hollywood[18]のパーティーの場面の録音である。この映画はハリウッドのヒッピー文化を捉えたモンド映画で、監督のロバート・カール・コーエン[注釈 19]がMOI[注釈 20]の初代マネージャーのマーク・チェカ[19]の友人だったことから、MOIの出演が実現した[20]

'Original Mothers At Fillmore East'、'Harry, You're A Beast'、'Don Interrupts'、'Piece One'、'Jim/Roy'、'Piece Two'、'Agency Man'、'Lecture From Festival Hall Show'は、1968年10月25日にBBC交響楽団の13名の団員[注釈 21]を迎えてロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行なわれたMOIのコンサート[21]の音源である。これらのうち、'Original Mothers At Fillmore East'[注釈 22]と'Lecture From Festival Hall Show'以外は、ザッパが病没した1993年の3月にBarking Pumpkin Recordsより発表されたAhead Of Their Timeに収録された[注釈 23]が、本作に収録されたものはいずれも異なる編集が施されている。

'Wedding Dress Song/The Handsome Cabin Boy'は、『ロスト・エピソード』に収録された音源と同一で、1968年2月から4月までの間に、ニューヨークのアポストリック・スタジオで録音された。

'Black Beauty'は1969年2月にフロリダ州マイアミビーチで録音されたもので、異なる編集版がYou Can't Do That on Stage Anymore, Vol. 5(1992年)に'Underground Freak-Out Music'として収録された。

'Skweezit Skweezit Skweezit'は1969年2月16日にコネティカット州ストラトフォードで録音されたものと推測されており[22]、異なる編集版がFiner Moments(2012年)に'Squeeze It, Squeeze It, Squeeze It'として収録された。

'Chucha'と'Harmonica Fun'は1969年2月にフロリダ州マイアミのスタジオで録音された。'Chucha'ではローウェル・ジョージがリード・ボーカルを担当。'Harmonica Fun'と同一の音源がさらに長く編集されたものが、Finer Moments(2012年)に'You Never Know Who Your Friends Are'として収録された。

'The Story of Willie The Pimp'は1969年、'Mothers at KPFK'はおそらく1968年の録音。前者はアニー・ザナスというグルーピーがザッパに自分の父親の話をする内容。後者はロサンゼルスのラジオ局であるKPFKにMOIのメンバーが出演した時の放送である。

収録曲

脚注

関連項目

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