ミリアム・カーン
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作品
油彩画、水彩画、彫刻、写真、インスタレーションと幅広く手掛ける。作品の多くは非伝統的なメソッドを用いている[3]。
カーンが国際的に注目されたのは屋外の構造物に描かれたドローイング『my woman-ness is my public part(私の女性性は、パブリックな部分だ)』(1979-80)[4]。高速道路の柱に無許可で描いて警察に逮捕されたこともある[5]。
『atombombe(原子爆弾)』シリーズは水彩画[4]。チェルノブイリの原発事故の翌年(1987年)に描かれた[6]。原爆を開発したのが彼女と同じユダヤ人であるという歴史的背景を踏まえた上で[7]、さらにその美しさにも目を向ける。『WIRED』でのインタビューでカーンはこう語っている。
| 「 | ひと目観て美しい!と感激されて、何ですか、と聞かれる。それで原子爆弾ですと答えると皆、息を飲んだり眉をひそめたり。ではもうその作品は美しくないのか? 美とは何か、アートとは何か。そこに興味があるんです | 」 |
1994年から人、動植物、建築物を描いた油彩画を描く[4]。
2017年のドクメンタ14には複合的なルームインスタレーションを出品[4]。
評価
コレクション
カーンの作品は、ニューヨーク近代美術館、テート・モダン、ソフィア王妃芸術センター、ワルシャワ近代美術館など世界中にコレクションされている。
事件
2023年、パリの パレ・ド・トーキョーで開催されたミリアム・カーンの個展で、大型絵画「Fuck Abstraction!」 (ブチャでのロシア軍による戦争犯罪・性暴力を告発する作品)が物議を醸した。
作品が「小柄な人物を子供のように見せ、児童性的虐待を連想させる」との批判が保守派・児童保護団体から上がり、撤去を求める訴訟が提起されたが、パリ行政裁判所およびフランス国務院は「戦争犯罪の文脈での表現であり、芸術の自由を侵害しない」として請求を却下した。
同年5月7日、展示中に81歳の男性(元国民連合系市議と報じられる)が紫色のスプレーペイントを作品に噴射して破壊した。美術館はカーンの同意を得て、損傷したまま展示を続けた。[10]事件を受け、エマニュエル・マクロン大統領は「芸術への攻撃は私たちの価値観への攻撃だ」とXで非難した。
この騒動は、フランスで 芸術の自由と表現規制 をめぐる象徴的な論争となった。カーン本人は一貫して「戦争の残虐性を直視させるための作品であり、児童ポルノの意図はない」と説明している。
展覧会
最初の展覧会は1977年の『Being a Women in My Public Role(私の公的な立場として女性であること)』[2]。アメリカでの最初の展覧会は2011年、ニューヨークのエリザベス・ディー・ギャラリー[3]。
個展
- スタンパ、バーゼル、1977, 1979, 1981
- Wach Raum 1,、コンラート・フィッシャー、チューリッヒ、1982
- Das Klassische Lieben,、クンスターレ・バーゼル、1983
- Das Klassische Lieben,、スタンパ、バーゼル、1984
- Das Klassische Lieben,、Galerie Grita Insam、ウィーン、1984
- Das Klassische Lieben,、ラ・ショー=ド=フォン美術館、1984
- Strategische Orte,、エリザベス・カウフマン、チューリッヒ、1985
- Strategische Orte,、バーデン=バーデン州立美術館およびボン美術館、1985
- Strategische Orte,、スタンパ、バーゼル、1986
- Strategische Orte,、DAAD、ベルリン、1986
- スタンパ、バーゼル、1987
- Galerie Vorsetzen、ハンブルク、1987
- スイス文化センター、パリ、1987
- Lesen in Staub/Strategische Orte,、シュメラ画廊、デュッセルドルフ、1987
- ラート美術館、ジュネーヴ、1988
- Lesen in Staub/Weibliche Monate,、クンストフェライン・ハノーファー、1988
- Lesen in Staub,、ハウス・アム・ ヴァルトゼー、ベルリン、1988
- Lesen in Staub, 、Gemeentemuseum、アーネム、1988
- Van de Loo、ミュンヘン、1988
- エリザベス・カウフマン、チューリッヒ、1988
- Verwandschaften、コーナーハウス、マンチェスター、1990
- Verwandschaften、Art Frankfurt、1990
- Verwandschaften、スタンパ、バーゼル、1990
- Verwandschaften、ギャラリー・エスパス、アムステルダム、1991
- モダンアート美術館、フランクフルト、1992, 1995
- Nachkrieg-Vorkrieg (Was Fehlt)、スタンパ、バーゼル、1992
- Sarajevo、スタンパ、バーゼル、1993
- スタンパ、バーゼル、1994
- Lachen bei gefahr、バディッシャー・クンストフェライン、カールスルーエ、2012
- 『私のユダヤ人、原子爆弾、そしてさまざまな作品』ワコウ・ワークス・オブ・アート、東京、2012[6]
- mare nostrum、マイヤー・リーガー、ベルリン、2016
- devoir-aimer、ギャラリー ジョスラン・ウォルフ、パリ、2017
- 『photographs』ワコウ・ワークス・オブ・アート、東京、2018[11]
- 『ICH ALS MENSCH』ベルン美術館、2019
- 『DAS GENAUE HINSCHAUEN』ブレゲンツ美術館、2019
- everything is equally important、ソフィア王妃芸術センター、マドリード、2019
- 『MIRIAM CAHN: I AS HUMAN』ハウス・デア・クンスト、ミュンヘン、2019
- 『MIRIAM CAHN: I AS HUMAN』ワルシャワ近代美術館、2019
- 四方当代美術館、南京、2019
- 『美しすぎることへの不安』六本木ワコウ・ワークス・オブ・アート、東京、2019[4]
主なグループ展
- Feministische Kunst International,、Frauenzimmer、バーゼル、1979
- Documenta,、カッセル、1982
- Crosscurrents in Swiss Art,、サーペンタイン・ギャラリー、ロンドン、1984
- 第6回シドニー・ビエンナーレ、1986
- Triennal de Dibuix,、ミロ美術館、バルセロナ、1989
- Zur Sache Selbst,、Künstlerinnen des 20. Jahrhunderts Museum、ヴィースバーデン、1990
- ジュネーブ現代アートセンター、ジュネーヴ、1994
- From Beyond the Pale,、アイルランド現代美術館、ダブリン、1994
- Where Is Abel, Your Brother?,、ザヘンタ国立美術館、ワルシャワ[12]1995
- Sammlung Van de Loo、新ナショナルギャラリー、ベルリン、2004
- Module mai, パレ・ド・トーキョー、パリ、2010
- Prière de toucher – Le tactile dans l‘art、タンゲリー美術館、バーゼル、2016
- 第21回シドニー・ビエンナーレ、2018
- ドクメンタ14、アテネとカッセル、2017[13]
- あいちトリエンナーレ2019 情の時代 [4]

