ミンク・ホロウの世捨て人

From Wikipedia, the free encyclopedia

リリース
録音 ニューヨーク州 ユートピア・サウンド・スタジオ
時間
『ミンク・ホロウの世捨て人』
トッド・ラングレンスタジオ・アルバム
リリース
録音 ニューヨーク州 ユートピア・サウンド・スタジオ
ジャンル ポップ・ロックパワー・ポップ
時間
レーベル ベアズヴィル・レコード
プロデュース トッド・ラングレン
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 36位(アメリカ[1]
  • 42位(イギリス[2]
トッド・ラングレン アルバム 年表
誓いの明日
(1976年)
ミンク・ホロウの世捨て人
(1978年)
バック・トゥ・ザ・バーズ (未来への回帰・ライヴ)
(1978年)
テンプレートを表示

ミンク・ホロウの世捨て人』(原題:Hermit of Mink Hollow)は、アメリカ合衆国のミュージシャン、トッド・ラングレン1978年に発表した、ソロ名義では8作目のスタジオ・アルバム

前作『誓いの明日』(1976年)から本作をレコーディングするまでの間、ラングレンはユートピア名義のアルバム『太陽神』(1977年)と『悪夢の惑星』(1977年)をリリースし、また、ミートローフのアルバム『地獄のロック・ライダー』(1977年)をプロデュースした。

本作では、共同エンジニアとしてマイク・ヤングが参加しているのを除けば、ラングレンがプロデュース、ボーカル、演奏、編曲のすべてを単独で担当している[3]。オリジナルLPでは、A面が「The Easy Side」、B面が「The Difficult Side」と記載されていた[4]

反響・評価

アメリカのBillboard 200では36位に達し、ラングレンのソロ・アルバムとしては『サムシング/エニシング? (ハロー・イッツ・ミー)』(1972年)が1974年に全米29位を記録して以来の全米トップ40入りを果たした[1]。また、本作からのシングル「友達でいさせて」はBillboard Hot 100で29位に達した[1]

音楽評論家のStephen Thomas Erlewineはオールミュージックにおいて「疑いなく彼が作った最もエモーショナルなレコード」と評している[5]

収録曲

他メディアでの使用例

脚注

Related Articles

Wikiwand AI