ムナ山は陰山山脈の中でも黄河北岸に近接する位置にあり、行政区画上は内モンゴル自治区バヤンノール市ウラド前旗から包頭市まで延び、東西の長さは94キロメートル、南北の幅は20キロメートルである。ムナ山の平均標高は1900~2000メートルで、主峰は標高2324メートルである。南麓は急峻で植生はまばらだが、北斜面は緩やかで草木が繁茂している。
古くよりモンゴル高原の遊牧民が拠点とした地として知られており、漢文史料の『周書』突厥伝や『唐書』郭子儀伝では「木頼山」、『遼史』地理志では「牟那山」、『元史』文宗本紀では「木納火失温」、『明実録』では「母納山」などと表記される。『蒙古源流』などのモンゴル年代記ではムナ・ハン(Muna qan、モンゴル語でハンは山の意味でも用いられた)とも表記され、遠征先の西夏で死去したチンギス・カンの遺体がモンゴル高原に向かう途上に通った地として言及される。
歴史上ではモンゴル高原中央部での政争に敗れた勢力が逃げ込む地とされることが多く、オイラトのトゴン太師に敗れたアルクタイ太師や、後金のホンタイジに敗れた内モンゴルの部衆がムナ山に逃れたとの記録がある。