ムルシリの日食

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Stellariumによる紀元前1312年6月24日の日食のシミュレーション。ヒッタイト帝国の首都であったハットゥシャでの食の最大時の様子。

ムルシリの日食(ムルシリのにっしょく)とは、ムルシリ2世の治世に発生したことが当時の文献において記録されている日食のことである。この日食を特定することは、古代オリエントの編年、とりわけヒッタイト帝国の絶対編年の構築に非常に重要な役割を果たす可能性がある。文献では、ムルシリ2世の治世の10年目に、皇帝がアナトリア半島北東部のハヤサ・アズィ王国に対する軍事作戦を実行しようとしたその瞬間、「太陽が看板を掲げた」(istanus sakiyahta)と述べられている[1]。この記述が日食を表しているものだと初めて考えたのはエミール・フォラーであり、1926年にこの説を発表した[2]。なお、特記のない限り、この記事での日時は先発ユリウス暦並びに協定世界時(UTC)によるもので、日食についての諸元・中心食帯などは[3]を参考とした。

紀元前1335年3月13日の日食

脚注

参考文献

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