メアリー・ハロック=グリーンウォルト
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メアリー・ハロック=グリーンウォルト Mary Hallock-Greenewalt | |
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メアリー・ハロック=グリーンウォルトの肖像画(トマス・エイキンズ作、1903年、ウィチタ美術館 the Roland P. Murdock Collection) | |
| 生誕 |
1871年9月8日 |
| 死没 |
1950年11月27日(79歳没) |
| 職業 | 発明家、ピアニスト |
メアリー・エリザベス・ハロック=グリーンウォルト(英語: Mary Elizabeth Hallock-Greenewalt, 1871年9月8日 - 1950年11月27日)[1]は、ベイルート生まれの発明家、ピアニスト(フィラデルフィアやピッツバーグの交響楽団でソリストとして活躍)。「ヌールアサール」と自ら命名した一種のヴィジュアル・ミュージック[2][3]の発明家として知られる。
ピアニストとして
発明家として

カラーオルガン
アラビア語のnour(光)とathar(〜のエッセンス)から「ヌールアサール」名付けられた。画家アレクサンダー・ ウォレス・リミントンの発明したカラー・ミュージックとは異なり、特定の色と特定の音とを厳密に対応させず、演奏者の気分と能力に合わせて変えられるようにした[6]。
最初、メアリーは色のついた光をレコードと同期させる自動機械を作ろうとした。しかし満足な結果が得られず、結果として、実際にコンサートで演奏可能な機械を製作した。
このカラーオルガンは彼女の母の名前にちなんで「サラベト」と名付けられた。それに伴いさらに多くの発明をし、米国特許商標庁から9件の特許が認められた。しかし可変抵抗器のいくつかについてはゼネラル・エレクトリックら数社が特許権を侵害。メアリーは訴え、1934年に勝訴した[7]。サラベトはさらに1916年から1934年にかけて改良を重ねた[7]。1946年には『Nourathar: The Fine Art of Light-Color Playing』という本を出版[8]。
手描きフィルム
彼女は最初期のダイレクトアニメーションの作家であったとマイケル・ベタンコート[9]は指摘している。もっともそれは通常の映画ではなく、サラベトの初期ヴァージョン(トーマス・エジソンのキネトスコープのように1人の観客が機械を覗き見る構造)で鑑賞するために制作されたものと思われる。型板とエアゾールで幾何学模様を手描したこれらの作品は、レン・ライの抽象アニメに似たもので、現代のオーディオプレイヤーのビジュアライザーにも似ているかもしれない。