1730年5月15日、イタリア・パドヴァにて貧しい貴族の元に生まれる。
1763年にチェザロッティはスコットランドの作家、政治家、詩人、文芸収集家であるジェイムズ・マクファーソンが著した『オシアン』をイタリア語に翻訳し、フランスの軍人のナポレオン・ボナパルトの愛読書の一つとなった。
1768年、パドヴァ大学でギリシア語、ヘブライ語、古典語の教授として務める[2]。なお、チェザロッティの教え子であったイタリアの詩人であるウーゴ・フォスコロらが影響を受けた。
パドヴァ大学に務めている間、古代ギリシアの吟遊詩人であるホメーロス著の叙事詩『イーリアス』も翻訳した。
1785年または1800年に主著『言語哲学論稿』を著して言語の問題に関して重要な著作となった[2]。