モデスト・チャイコフスキー
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モデストはアラパエフスクにて作曲家のピョートル・チャイコフスキーの弟として生まれた。法学校を卒業して法学の学位を取得。1876年に聾唖の少年ニコライ(コーリャ)・ヘルマノヴィチ・コンラディ(Nikolai ("Kolya") Hermanovich Konradi, 1868–1922)の家庭教師となり、特別な教育法をもって彼の会話、読み書きを助けた。現在も未出版のモデストの自叙伝からアレクサンドル・ポズナンスキーが引き写した概要によると、彼は兄ピョートルの同性愛に加えて自分自身の同性愛についても言及を行っているということである[1]。
モデストは自らの生涯を文学と音楽へ捧げる道を選んだ。戯曲を書き、シェイクスピアのソネットをロシア語に翻訳し、兄であるピョートルをはじめエドゥアルド・ナープラヴニーク、アルセニー・コレシチェンコ、アントン・アレンスキー、セルゲイ・ラフマニノフといった他の作曲家のオペラへ台本を書いた。兄の一番の親友であった彼は、その最初の伝記を執筆するとともにクリンにチャイコフスキーの家博物館を設立したのであった。