モラス雅輝

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本名 モラス 雅輝
カタカナ モラス マサキ
ラテン文字 Masaki Morass
国籍 日本の旗 日本
モラス 雅輝
名前
本名 モラス 雅輝
カタカナ モラス マサキ
ラテン文字 Masaki Morass
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-01-08) 1979年1月8日(47歳)
出身地 東京都調布市 [1]
身長 186cm
体重 85kg
監督歴
#指導者経歴を参照
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

モラス 雅輝(モラス マサキ、Masaki Morass、1979年1月8日 - )は、日本サッカー指導者。20年以上に渡りヨーロッパで指導者としての実績を積んでいる。

東京都調布市立深大寺小学校、東京・横浜独逸学園に通学後、16歳でドイツへ単身留学。背骨の怪我とドイツの名将クリストフ・ダウムに出会ったことがきっかけで1997年に18歳でサッカー選手から指導者に転身[2][3]。これまでにオーストリア女子ブンデスリーガ1部ドイツ女子3部オーストリア男子2部に属するクラブで監督やヘッドコーチを務め、6度のリーグ優勝、5度のリーグ昇格経験を持つ。オーストリアサッカー協会コーチングライセンスを保持。

ドイツ・ブンデスリーガハンブルガーSVで研修後、2007年1月よりオーストリア・ブンデスリーガFCレッドブル・ザルツブルクにスタッフ入り。スカウティングサポートをはじめとしたチーム業務の他に宮本恒靖三都主アレサンドロの通訳も担当した[4][5][6]

2008年8月よりオーストリアサッカー協会の育成指導者に就任し、チロル州インスブルックにあるオーストリアサッカー協会育成アカデミーのU19チームのヘッドコーチとして、オーストリア・U19ブンデスリーガでチームを率いた。

2008年11月5日に2ヶ月間のみという期限付きでゲルト・エンゲルス浦和レッズ監督(当時)の補佐役として入団した[7]

2009年1月より、契約を残していたオーストリア・サッカー協会の了承を得てJリーグ浦和レッズトップチームのコーチに就任した[8]2010年シーズン終了後に浦和を退団した[9]

2011年6月よりオーストリア・ブンデスリーガFCヴァッカー・インスブルックのスカウトやインスブルッカーACの育成部門統括ディレクターを2014年6月30日まで務めた[10]

2012年12月ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー第9期生として合格。アジア人初の合格者であり、2013年1月に入学した[11]2014年9月3日オーストリア国土防衛スポーツ省ドイツ語版にて2013-2014年ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー第9期生卒業式が行われ、モラス雅輝を含め13名のアカデミー生が卒業した[12]

2014年12月エアステリーガ(オーストリア2部)に所属するSVホルン・トップチームのコーチに就任した [13][14][15]

2017年7月オーストリア女子ブンデスリーガ2部に所属するFCヴァッカー・インスブルック・トップチーム及びセカンドチームのスポーツディレクター兼監督に就任[16][17]。初シーズンとなった2017-18年シーズンではトップチームとセカンドチームを率いてそれぞれの所属リーグで優勝し[18]オーストリア・女子ブンデスリーガ1部及び2部リーグへのダブル昇格を果たした [19]

2019年6月Jリーグヴィッセル神戸トルステン・フィンクが監督として就任。この人事に伴いアシスタントコーチとしてヴィッセル神戸に加入した[20]。同シーズン、就任時の13位から8位にまでリーグ戦での順位は浮上、新国立競技場のこけら落としとなった天皇杯決勝で鹿島アントラーズを下しクラブ史上初のタイトルを獲得。同じくクラブ初となるAFCチャンピオンズリーグへの出場権を獲得した。2020年のFUJI XEROX SUPER CUPでは横浜F・マリノス相手にPK戦を制し優勝を果たした(詳細はFUJI XEROX SUPER CUP2020を参照)。

2021年6月11日オーストリア・レギオナルリーガ(3部)のFCヴァッカー・インスブルックII監督に就任[21]。同年10月10日、ダニエル・ビエロフカの解任に伴いヴァッカー・インスブルックのトップチーム暫定監督に就任。ウインターブレイクまでの6試合で指揮を執ることになった[22]。2022年1月28日、ミヒャエル・エニング英語版の監督就任に伴いセカンドチーム監督に復帰した[23]

2022年7月1日付でSKNザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターに就任[24][25]

2023-24年シーズンより同クラブのテクニカルダイレクターを務めながら新たにアカデミーダイレクターとU18監督を兼任し3つの要職に就く事が公表された。日本人指導者が、欧州のプロクラブでアカデミーダイレクターを務めるのは初となる[26]

人物

指導者経歴

獲得タイトル

脚注

外部リンク

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