モンゴメリー・ジェントリー
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| モンゴメリー・ジェントリー Montgomery Gentry | |
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エディ・モンゴメリー(左)とトロイ・ジェントリー(2008年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | カントリー、サザン・ロック、カントリーロック |
| 活動期間 | 1999年 - 2017年(デュオ)、2017年 - (ソロ) |
| レーベル | Columbia Nashville、Average Joes Entertainment、Blaster |
| 公式サイト |
montgomerygentry |
| メンバー | エディ・モンゴメリー |
| 旧メンバー | トロイ・ジェントリー |
モンゴメリー・ジェントリー(Montgomery Gentry)は、アメリカ合衆国のカントリー・ミュージック・デュオ。ケンタッキー州出身のエディ・モンゴメリーとトロイ・ジェントリーで構成される。
1990年代、モンゴメリーの弟ジョン・マイケル・モンゴメリーと共に2つのバンドで活動した。1994年、ジェントリーはタレント・コンテストで優勝したがソロでデビューすることができず、1999年、エディ・モンゴメリーと共にモンゴメリー・ジェントリーを結成した。サザン・ロックの影響を受けていることで知られ、チャーリー・ダニエルズ、トビー・キース、ファイブ・フォー・ファイティングやオールマン・ブラザーズ・バンドのメンバーとコラボレートしている。
コロムビア・レコードのナッシュビル部門から『Tattoos & Scars』(1999年)、『Carrying On』(2001年)、『My Town』(2002年)、『You Do Your Thing』(2004年)、『Some People Change』(2006年)、『Back When I Knew It All』(2008年)の6枚のスタジオ・アルバムおよびベスト盤を発表している。これらのアルバムには第1位となった「If You Ever Stop Loving Me」、「Something to Be Proud Of」、「Lucky Man」、「Back When I Knew It All」、「Roll with Me」を含む20曲以上のチャート入りした曲が収録されている。2005年、最も多く演奏され、第3位となった「Gone」を含み、カントリー・チャートで10位以内に入った曲がさらに10曲ある。『Tattoos & Scars』、『My Town』、『You Do Your Thing』はアメリカレコード協会よりプラチナ認定された。1999年、アメリカン・ミュージック・アワードの「Favorite New Artist—Country」を受賞した。2000年、ACMアワード、CMAアワードの双方で「Duo of the Year」を受賞し、以降毎年双方にノミネートされている。2009年、グランド・オール・オープリーのメンバーとなった。
アルバム『Freedom』とコンパクト盤『Hits and More』が発売延期となり、2010年、コロンビアを離れ、Average Joes Entertainmentと契約した。2011年10月、『Rebels on the Run』を、2012年10月、コンパクト盤『Friends and Family』を発表した。
1963年9月30日、ケンタッキー州ダンヴィルでジェラルド・エドワード・モンゴメリー(エディ)が、1967年4月5日、ケンタッキー州レキシントンでトロイ・ジェントリーが生まれた[1]。モンゴメリーが13歳の時、両親のバンドであるハロルド・モンゴメリー・アンド・ザ・カントリー・エクスプレスでドラムの演奏をしていた[2]。1990年、モンゴメリーは弟ジョン・マイケル・モンゴメリーおよびトロイ・ジェントリーと共にバンド、アーリー・タイムズを結成した[3]。アーリー・タイムズ解散後、モンゴメリー兄弟とジェントリーはジョン・マイケルがリード・ヴォーカルを務めるヤング・カントリーで短期間演奏していた[4]。1990年代初頭、ジョン・マイケルがソロ活動をするため離脱した[5]。1994年、ジェントリーはジム・ビーム・ナショナル・タレント・コンテストで優勝し[2]、パティ・ラヴレスやトレイシー・バードの前座を務めた[6]。当初ジェントリーはソロで活動することを望んでいたが叶わず、エディ・モンゴメリーと共にデュースというデュオを結成し、地元のナイトクラブで演奏した[6]。後に名称をモンゴメリー・ジェントリーに変え、1999年、コロムビア・レコードのナッシュビル部門と契約した[5]。