モーニングジュエリー
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モーニングジュエリー(英語: Mourning jewelry)とは、喪に服す際に身につける、または死者を偲んで作られた宝飾品の総称である。

1350年頃ペストの流行によって14~15世紀にヨーロッパでメメント・モリのシンボルが広く一般化した。それにともない、16~17世紀には宝飾品にも死のモチーフが度々登場するようになった[1]。

イングランドのチャールズ1世は、ピューリタン革命によって1649年に処刑されたが、処刑後、王党派がチャールズ1世の肖像画(ミニアチュール)を彫り込んだメモリアルリングをつくり、同士に配布した[2]。また、ルイ16世の王妃であるマリー・アントワネットが1789年にフランス革命で処刑された後、彼女の姪のマリー・アメリーが1830~1848年頃にマリー・アントワネットの遺髪を内蔵したメモリアルリングを作成している[3]。このように、故人の肖像画を描いたり、髪の毛を内蔵したリングの例は17世紀からもしばしば見ることができる。17世紀半ばにはメメント・モリの指輪と個人を偲ぶ指輪は一体化したスタイルとなった[4]。
他にも、ウェリントン公爵、ネルソン提督、宰相ウィリアム・ピット、小説家ウォルター・スコットなど、高名な人物の死に際してメモリアルリングが制作され、大衆はその死を悼んだ[5]。
モーニングジュエリーが一般に広まったのは、1861年にヴィクトリア女王が夫であるアルバート公を亡くし、長期間喪に服したことがきっかけであった。ヴィクトリア女王は元々ジュエリーの愛好家で、アルバート公への哀悼の意を示すために特別の意匠の宝飾品を使用し、それに家臣が倣う形で流行した[6]。しかし、慣習が一般大衆にまで広がりを見せると、社会的地位の高い人々からはむしろ典型的なモーニングジュエリーを身につけることが疎んじられ始めた。母を悼むものを例外として、第一次世界大戦頃にはほとんど制作されなくなった[注 1][4]。
典型的なモーニングジュエリー
リング
円や楕円の金製のベゼル[注 2]にロッククリスタルを被せ、その中に故人の遺髪を収めることが多かった[4]。ベゼルの裏側や中空にしたシャンク[注 3]の部分に納める場合もある。シャンクに黒いエナメルで故人の名前や死を悼む銘が描かれている例も多い。ベゼルには骨壺や墓標、柳など死を象徴するモチーフが描かれることもあった[7]。しばしばベゼルの裏側やシャンクに故人の名前・年齢や没年日が刻印されている。1860年以降は故人の肖像をミニアチュール[注 4]や金の型押しで描いたものに加え、写真も用いられるようになった[5]。
ブローチ

ブローチもモーニングリングと同じく、遺髪が収められ、ロッククリスタルで蓋がされているものが典型的な意匠である[8]。また、裏に故人の名前・年齢や没年日が刻印されたり、髪を埋め込むための小さな仕切り[注 5]が作られていることもある。しばしば彫刻されたジェットも用いられた。
ネックレス・ブレスレット・イヤリング
1871年、アルバート公の逝去によって、宮廷ではジェットの着用が義務付けられ[9]、多くのジュエリーが製作された。黒い喪のジュエリーとして、ジェットで作られたネックレス・ブレスレット・イヤリングなどのセット[注 6]を身につけることも多く見られた[10]。
特徴的な素材
ヘア(髪)

遺髪はモーニングジュエリーにおける最も特徴的な素材である。髪を煮て重みを出し、のり付けされ、編み込まれたり、[11]束にしたり、形を整えて使用された。指輪のベゼルや、内側の小さな仕切り、シャンクに収められることも多い。故人の髪を白い紙に糊付けし、それを切り抜いて花の形など装飾的な素材として使用したブローチの例もある[12]。
ジェット
ジェットは流木が化石化した、マットな質感を持つ黒色の素材である。滞留水中に沈んだ1億8000万年前のジュラ紀の古代植物が埋没物からの圧力で圧縮・化石化してできる。イギリス・スペイン・フランス・ドイツ・ポーランド・ロシア・トルコ・中国・北アフリカなどから産出されたが、代表的な産地はイギリス北部のウィットビー(英語: Whitby)である[13]。比較的柔らかく彫刻がしやすいため、カメオやビーズに加工され、宝飾品に用いられた。
フレンチジェットは黒いガラスをカットし、黒い金属の箔を裏打ちして作られたもので[10]、ジェットとは別物である。
真珠
モーニングジュエリーにおいては、しばしば涙の象徴として用いられた[14]。
エナメル
エナメルとは、日本語では七宝とも呼ばれ、金属の表面に色ガラスの粉末を焼き付けて装飾を施す技術である。[15]モーニングジュエリーにおいては、指輪のシャンクやブローチの縁取り部分に、エナメルを用いて故人の名前や没年日、銘などが描かれた。また、単にシャンクが黒く彩色されたり、植物などのモチーフが描かれる場合も多い。
主に黒色のエナメルが使用された。故人が未婚者や子供だった場合は白いエナメルも用いられる例があった[16]が、必ずしもそうであるとは限らない。
モチーフ

初期のモーニングジュエリーには、メメント・モリを代表する骨壺、頭骸骨、墓標、柳、棺、交差する骨や枯れた花などの死を象徴するモチーフが頻繁に使われた。17世紀末になると、モーニングジュエリーはメメント・モリから特定の故人を悼むメモリアルジュエリーの側面が強くなっていく[17]。それにともない、骸骨などのモチーフが用いられることは次第に少なくなり、代わって勿忘草(忘れな草、わすれなぐさ)やパンジー、蛇などが主流を占めるようになった[5]。花言葉によって、勿忘草は「私を忘れないで(forget me not)」、パンジーは「思い出」などの意味付けがなされている。また、蛇は「再生」や「永遠」の象徴として、アンティーク・ジュエリーにおいて頻繁に用いられている。故人の名前、没年、死を悼む銘などがエナメルや刻印で施されるのも通例となった[17]。
また、18世紀後半には新古典主義の影響を受けて、折れた列柱やオベリスク、古代風の衣装を身に着け石碑の前で嘆き悲しむ婦人像などのモチーフが登場した。[4]