ヤゴリ
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人口動態
歴史
1991年1月、イサック氏族主体の政治軍事団体「ソマリ国民運動」(後のソマリランド政府)の主導で、ヤゴリで和平会議が開かれた。会議にはハバル・ジェロ、ハバル・ユーニス、デュルバハンテ氏族が参加したが、その時期にSNMの民兵によるデュルバハンテ系住民への攻撃、拘束の上に死者を出す事象が発生して、デュルバハンテ系住民がSNMに反発する原因となった[3]。
1999年、慢性的な水不足の対策として、ユニセフの主導で給水プロジェクトが始まった。ヤゴリも対象となり、水道網の拡張と、学校の給水タンクとトイレの設置、さらに教師に対して水と衛生のトレーニングが行われた[4]。
2002年7月、ソマリランド軍はヤゴリに450人の部隊を配備した。これに対して当時ラス・アノドにいたプントランドのスール地域知事はハルティ氏族の分裂を招くとして非難した[5]。
2008年、スール地域で初めてソマリランドの独立宣言日である5月18日の祝賀行事が行われ、ヤゴリも参加した[6]。
2011年の国際ケア機構の報告によれば、ヤゴリで採取された飲料水には大腸菌群による汚染が100mLあたり9~20TTC確認されている(基準は0)。また、濁度は50~100NTUだった(基準は5NTU以下)[7]。
2016年8月、ソマリランドのシランヨ大統領はサラーグ、スール地域の各地を訪問し、ヤゴリにも訪問して歓迎を受けた[8]。