ヤスミン・アハマド
マレーシアの映画監督、脚本家 (1958-2009)
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経歴
ジョホール州出身[1]。音楽家の父親と舞台演出家の母親を持つ[1]。母方の祖母は日本人である[5]。幼い頃から映画好きで、黒澤明作品や「座頭市」「寅さん」など日本映画のファンだった[3]。ニューカッスル大学で芸術と心理学を学んだ[1]。帰国後はCMディレクターをつとめ、国営石油会社ペトロナスのCMシリーズで有名になった[3]。
2003年、『ラブン』で長編映画監督デビュー[6]。2005年、『細い目』が第18回東京国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞する[7][8]。2006年、マレーシア映画祭において『グブラ』が最優秀作品賞と最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞する[9]。2007年、『ムクシン』がベルリン国際映画祭に出品される[10]。2008年、『ムアラフ 改心』が東京国際映画祭「アジアの風」部門で上映される[11]。
2009年、脳出血により死去[12]。同年に東京国際映画祭で上映された『タレンタイム~優しい歌』が遺作となった[13]。日本人を祖母に持つ自身のルーツを探る日本ロケ作「ワスレナグサ」の制作に着手し、ロケハンを終えた矢先の急逝だった[3]。
スタイルと影響
フィルモグラフィー
長編映画
- ラブン(2003年)
- 細い目(2004年)
- グブラ(2006年)
- ムクシン(2006年)
- ムアラフ 改心(2008年)
- タレンタイム~優しい歌(2009年)