座頭市
子母澤寛による原作を翻案とする映画、テレビシリーズ群、及びその主人公
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概要
1962年に勝新太郎主演で大映によって『座頭市物語』のタイトルで映画化されて以来シリーズ化され、同社の看板フランチャイズの一つになり[1]、計26作品が公開されている。勝が盲目のダークヒーローを演じて新境地を開いた1960年の主演作『不知火検校』は、本シリーズの先駆け的作品と見なされている[2][3]。
勝新太郎は映画版、テレビシリーズともに主演だけでなく監督業も兼任するようになって作品の製作自体に深く携わり、本シリーズは勝のライフワークとも言うべき作品になった。1971年に大映が倒産して以降は同じく同社の主力フランチャイズである「ガメラシリーズ」と共に東宝によって手掛けられたこともあった[1]。1974年にはテレビドラマ・シリーズも発足し、勝プロダクションと東宝による提携は『子連れ狼』シリーズ(若山富三郎版)や『御用牙』シリーズの製作面にも影響を与えた[1]。
原作
子母澤寛が1948年に雑誌「小説と読物」へ連載した掌編連作『ふところ手帖』の1篇『座頭市物語』が原作である。後年子母澤は語ったところによれば、江戸時代に活躍した房総地方の侠客である飯岡助五郎について取材するため千葉県佐原市へ訪れた際に、飯岡にまつわる話の一つとして土地の古老から聞いた盲目の侠客座頭の市の話を元に記した。
『座頭市物語』が収録されている、子母澤寛の随筆集『ふところ手帖』は1961年に中央公論社から発売。1963年に同社から発売された子母澤寛全集へも収録、1975年には中公文庫 (ISBN 4122002435)、講談社から発売された子母澤寛全集へ収録されているなど、単行本の発売以来一貫して原作の閲覧・入手は容易である。
ところが、1973年に出版されたキネマ旬報社の『日本映画作品全集』において、項目執筆者の真淵哲が、(『座頭市物語』は)原作の『ふところ手帖』に1行、2行だけ記されたものであったと誤記し(実際は10ページほどある)、この誤りが様々な文献で引用されて広く信じられるようになった[4]。
なお、映画化の際に、三隅研次や犬塚稔といった映画人によって新たな人物像が構築され、さらに勝新太郎によってそれが脚色・肉付けされている。そのため、映画やテレビドラマを通じて流布している座頭市像と、原作とでは大幅な開きがある。
外見だけでも原作の座頭市は「もういい年配で、でっぷりとした大きな男」とされており、居合の名人なのは原作からだが「柄の長い長脇差」を差していたとされているが[5]、最大の違いは原作では市の戦闘場面が一切なく、居合も喧嘩を止める際や助五郎の元を出ていく際に脅しに使う程度で、助五郎が天保15年に別の侠客の繁蔵一家と戦った際も「目の見えねえ片輪までつれて来たと言われては、後々、飯岡一家の名折れになる」[6]と出陣しなかったとされている。
キャラクターとしての座頭市(勝新太郎版準拠)
生まれは常陸の国、笠間。幼少の頃に病にかかった後、目は完全に見えなくなり、徹底した暗闇の中にいるのだ。体格のいい中年男性で、揉み療治(あんま)を生業としている。幼い頃、目明きたちにいじめられ、侮りも受けたことから、師について剣術を学び、苦練の末に居合を極めた。その腕前は凄まじく、やくざの類はまったく相手にならず、剣術を極めた侍でも敵わないほどである。だが、盲目ゆえの恐怖からか、殺気を持って近づく者は何者であっても、反射的に斬らずにはいられないのだ。目が見えないためか、視覚以外の四感は非常に鋭く、勘だけで並みの人間より遥かに器用なことを行うことができるが、落とし穴など、気配のない物には弱い。 昔ながらの強きを挫き、弱きを助けるタイプのヤクザの親分からは下にも置かない待遇を受ける兄弟分だが、悪辣なヤクザからは命を狙われることも多い。「座頭市を斬れば、その価値は千両以上、関八州に名が轟く」等の理由で狙われたりすることもあるが、大概は目に余る悪行、弱い者苛めに、座頭市の方が怒って成敗する場合も多い。その鋭い感覚で、博打のサイコロの目や、花札の札を見破ることができ、イカサマの類は一切通用しない。また博打で稼いだ金は、困窮している者に快く分け与えたりもする。物腰は誰に対しても丁寧で優しい。
映画シリーズ
現在巷間に伝えられる座頭市の人となりは、大部分が勝新太郎主演の映画を製作する時に作られたものである。また、原作の長ドスを仕込み杖としたのも勝のアイデアである。
平手造酒との甘えのない男同士の友情を底流とする1作目『座頭市物語』は三隅監督の作品となっているが、5作目以降は宿命を負わずニヒリズムも拒否した、ある種の「諦観」が勝の味となっている。
勝の主演での劇場版最大のヒット作は1970年の『座頭市と用心棒』。それまで大スターの共演はなかった座頭市シリーズだが、この作品には三船敏郎と若尾文子が出演している。黒澤明の『用心棒』『椿三十郎』に出演した三船演じる用心棒と、勝の座頭市とが、敵味方に対峙して出演。当初、三船は友情出演程度のオファーであったと思っており、本当に対決するとは思わず、タイトルに「用心棒」と入っていたことに大変驚いたという。当時は「時代劇ビッグスター・頂上対決」として、大きな話題となった。三船を立てるためもあって、その盟友である岡本喜八を初の社外監督として招いての大作仕立てであったが、絵コンテを切って全構図とカッティングを自分が決めるスタイルの岡本は、大映の主ともいえる宮川一夫カメラマンの口出しを一切許さず、撮影はかなり険悪な雰囲気で行われたといわれる。時間に厳格な東宝撮影所で育った岡本と三船の二人だけが定時前に出勤し、なかなか出てこない大映スタッフに苛立つ場面も見られた。キャストにもいわゆる喜八ファミリーと呼ばれる岡本作品の常連俳優が数多く並んだが、その一人岸田森はこの後、勝とも親密な関係となった。
市の仕込み杖は15作目の刀鍛冶によって「下野の高辰」という5本の指に数えられる刀鍛冶の一人の作であることが判明する。
1960年代の映画シリーズの音楽の殆どは伊福部昭が担当した。
1989年には勝新太郎の監督による『座頭市』が公開された。しかし、立ち回りの撮影中に勝の長男である鴈龍太郎(奥村雄大)の真剣が出演者の頸部に刺さり、頸動脈切断で死亡する事故が起きたり、公開翌年には勝新太郎がコカイン所持で逮捕されるなどして、映画(および勝)の周辺にはトラブルが絶えなかった。『座頭市2』の企画がしばしば話題に出ることがあったものの、勝の逮捕が影響してか新作企画はいずれも頓挫したようであり、本作が勝新太郎による最後の製作映画となった。
大映の座頭市シリーズの人気により、他社から亜流ともいえる作品が生み出された。東映は、1963年に東千代之介主演の『めくら狼』を製作・配給[7]、松竹は、松山容子主演の京都映画『めくらのお市』シリーズ3作を1969年に配給した。
映画界・国外での評価
黒澤明の映画を始めとする日本の時代劇は日本国外でも高く評価され、座頭市シリーズおよび製作面で影響を受けた『子連れ狼』[1]の影響を公言する映画監督も少なくない。こうした影響力の代表的なものが、1967年に公開された『座頭市血煙り街道』を元にしたアメリカ映画の『ブラインド・フューリー』である。
1971年に製作された『新座頭市・破れ!唐人剣』を筆頭とする1970年代の香港映画の多く(カンフー映画・武侠映画)への影響力は強い[8][9]。『破れ!唐人剣』の劇中で座頭市が対峙する片腕の唐人剣士(ジミー・ウォング)は、武侠映画『片腕必殺剣』シリーズの人気キャラクターであり、盲目というハンデキャップを背負いながらも超人的な武術を体得した座頭市をモデルに創作されたものである。文字通り『新座頭市・破れ!唐人剣』は夢の共演を実現した作品であった。ブルース・リー主演の『ドラゴンへの道』についても座頭市からの影響を指摘する声がある[10]。
キューバでの評価も高い。1958年のキューバ革命以後、キューバではハリウッド映画の輸入が禁じられたため、日本映画が頻繁に公開された。それらの中でも1967年に初上映された『座頭市』シリーズは最も公開回数が多く、勝演じるハンデキャップを抱えた孤高の剣士座頭市に、キューバ国民は自らの置かれた境遇を重ね合わせ、熱狂的に支持されたという[11]。70年代に国家元首だったフィデル・カストロの招きで、勝が二谷英明やメディア関係者と共にキューバを訪れたことがあり、「イチ、イチ」と英雄的な歓迎を受け、カストロとテレビ放送で対談するほどであった。勝はキューバで評価された理由として、座頭市が仕込み杖一棹で活躍する様が、サトウキビを収穫する鎌一丁で革命を起こしたキューバ人に共感されたのではないかと推測している[12]。
座頭市の関連作品
劇場版作品
- 座頭市物語(1962年4月18日、モノクロ)
- 続・座頭市物語(1962年10月12日、モノクロ)
- 新・座頭市物語(1963年3月15日)
- 座頭市兇状旅(1963年8月10日)
- 座頭市喧嘩旅(1963年11月30日)
- 座頭市千両首(1964年3月14日)
- 座頭市あばれ凧(1964年7月11日)
- 座頭市血笑旅(1964年10月17日)
- 座頭市関所破り(1964年12月30日)
- 座頭市二段斬り(1965年4月3日)
- 座頭市逆手斬り(1965年9月18日)
- 座頭市地獄旅(1965年12月24日)
- 座頭市の歌が聞える(1966年5月3日)
- 座頭市海を渡る(1966年8月13日)
- 座頭市鉄火旅(1967年1月3日)
- 座頭市牢破り(1967年8月12日)
- 座頭市血煙り街道(1967年12月30日)
- 座頭市果し状(1968年8月10日)
- 座頭市喧嘩太鼓(1968年12月28日)
- 座頭市と用心棒(1970年1月15日)
- 座頭市あばれ火祭り(1970年8月12日)
- 新座頭市・破れ!唐人剣(1971年1月13日)
- 座頭市御用旅(1972年1月15日)
- 新座頭市物語・折れた杖(1972年9月2日)
- 新座頭市物語 笠間の血祭り(1973年4月21日)
- 座頭市(1989年2月4日)
テレビドラマ
舞台
※主演はいずれも勝新太郎。
音楽作品
※歌唱はいずれも勝新太郎(「不思議な夢/野良犬」を除く)。
アルバム
- 座頭市子守唄 ビクター(1977年)※未CD化
シングル
- 座頭市の唄
- 座頭市子守唄
- おてんとさん
- 不思議な夢/野良犬(石原裕次郎)
グラビア版
1992年、篠山紀信撮影による座頭市が週刊現代のグラビアへ掲載された。
このグラビア版・座頭市は、勝新太郎をはじめ、太地喜和子や勝の父である杵屋勝東治などらも参加したフォトセッションであり、中には東京都庁をバックに撮影されたものも含まれた。作品の数点は、篠山が2000年に発表した写真集『アイドル』に収められている。
リメイク作品
映画
- 盲(めくら)坊主 対 空飛ぶギロチン 盲侠血滴子 THE BLIND SWORDSMAN'S REVENGE (1977年)
- 監督:屠忠訓
- 脚本:林俊雄・屠忠訓
- 出演:勝利太郎(ソックリショー・勝新太郎のモノマネとして主演)、陳鴻烈、陳佩伶、江島、龍飛、山茅、田野、易原、康凱、小亮哥、歐陽雲鳳
- 音楽:王居仁
- 武術指導:黄龍・陳世偉
- ブラインド・フューリー Blind Fury(1989年、米・トライスター ピクチャーズ)
- 座頭市(2003年)
- ICHI(2008年)
- 座頭市 THE LAST(2010年)