ヤムスクロ国際空港では、最初の滑走路として1969年に2,500メートルの滑走路が建設された[2]。1970年に3,000メートルへ延長され[3]、アフリカではドゥアラ国際空港と並んで、コンコルドを受け入れ可能な数少ない空港だった(ヴァレリー・ジスカール・デスタンが1978年に同空港へ着陸した)。実際にコンコルドはこの空港に2度着陸しており、1度目は1990年9月10日、フランス大統領フランソワ・ミッテランがバシリカ献堂式のため訪れた際、2度目は1994年2月7日、フェリックス・ウフェ=ボワニ大統領の葬儀の際であった[4]。主ターミナルビルは1974年に建設された。
1995年には、この空港は36便で600人の旅客を扱った。ただし、収支は8,600ドルのわずかな黒字であった。なお、2011年時点ではレーダー設備は設置されていなかった。
2004年11月6日、反政府勢力が支配する北部を停戦監視のために駐留していたフランス軍の基地を、ヤムスクロ空港を飛び立ったコートジボワール政府軍が爆撃した。これによって9人のフランス軍兵士が死亡し、アメリカ国籍の民間人も1人死亡した。これに対し、フランス軍はヤムスクロ空港の戦闘爆撃機2機とヘリコプター3機を破壊した[5]。