ヤロポルク・イジャスラヴィチ (シュムスク公)
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ヤロポルク・イジャスラヴィチ(ロシア語: Ярополк Изяславич、1143年頃あるいは1147年[1] - 1168年3月7日[2]あるいは1170年[3])は、ヴォルィーニ・イジャスラフ家(ru)の祖イジャスラフの子である。ブジスク公ならびにシュムスク公。
1160年前後のルーシ内戦(ru)期においては、1159年、兄弟のムスチスラフらと共に、トゥーロフ公ユーリーに対するスモレンスク公ロスチスラフの遠征軍に参加した[4]。また1161年には、キエフ大公イジャスラフに対しての、同じくロスチスラフの軍に加わっている。
1166年にチェルニゴフ・オレグ家(ru)のスヴャトスラフの娘マリヤと結婚した[5]。
史料上に名があるヴァシリコ・ヤロポルコヴィチという人物を、ヤロポルクの子(マリヤ以前の、名の残されなかった妻との子)とする説があるが[5]、この場合、ヤロポルクは1143年以前の生まれと推定されることになる。(一方、このヴァシリコは本頁のヤロポルクではなく、ペレヤスラヴリ公・キエフ大公位に就いたヤロポルク(ウラジーミル・モノマフ子)の子とする説もある。)