ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム
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生涯
ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘームはユトレヒトで音楽家の息子に生まれた。バルタザール・ファン・デル・アストに師事する。1625年から1629年までライデンに住み、ダーフィット・バイリーの元で学ぶ。1635年か1636年にアントウェルペンの画家組合に加入した。1667年までアントウェルペンで過ごし、ユトレヒトに戻る。記録によるとユトレヒトに1668年から1671年まで住んでいたようである。1671年にはフランス軍の接近によりその地を離れている。彼がいつアントウェルペンに戻ったのか記録にないが、1684年にその地で亡くなったという記録が残っている。
息子のコルネリス・デ・ヘーム(1631-1695)とヤン・ヤンスゾーン・デ・ヘーム(Jan Jansz. de Heem: 1650-1695)も画家となった。
アンリ・マティスは1916年から1917年にかけて、現在ルーヴル美術館所蔵の『卓上の果物と豪華な食器』のバリエーションを発表している(現在ニューヨーク近代美術館蔵[1])。
作品
- 『花瓶の花』
エルミタージュ美術館 - 『ブドウ、頭蓋骨、十字架のある静物画』(1653)
アイルランド国立美術館 - 花瓶、ベルギー王立美術館
- 『静物』
プラド美術館 - 『静物』
Brussels City Museum - 『本、果物、フルートのあるヴァニタス静物画』