ユリア・マティヤス
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1994年まではロシアナショナルチームの一員だったが、1995年にドイツ系ロシア人だった夫の後を追ってドイツのオスナブリュックに移住した。息子を出産後、1996年には地元の柔道クラブに所属することになった。1999年にはクラブのコーチなどの尽力によってドイツの市民権を得た[2][3]。
2003年の世界選手権では準決勝でフランスのフレデリク・ジョシネに巴投で敗れるなどして5位に終わった[3]。2004年アテネオリンピックでは準決勝でジョシネに横四方固で敗れるも、3位決定戦でギリシャのマリア・カラヤノプルーを内股で破って銅メダルを獲得した[1]。この際、夫は息子とともに自宅でテレビ観戦をしていたが、3位決定戦では耐えられず隣の部屋に移動していたものの、息子に呼び戻されると妻が勝利したことを知らされた[2]。