ヨナタン (ハスモン朝)
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ヨナタンは父マタティアや兄弟ユダ・マカバイ、シモン、ヨハネ、エレアザルとともにセレウコス朝に対する蜂起に立ち上がった(紀元前167年)。ユダ戦死(紀元前160年)後、ヨナタンが指導者となった。
圧倒的な戦力差がある状況下でヨナタンはセレウコス朝からの独立戦争を戦い、ベツバシの戦いでシリアの将軍バッキデスを撃破し、帰国に追いやった。エルサレム近郊のミクマシュに本拠地を置き、勢力を固めた。セレウコス朝の王位を狙うアレクサンドロス1世バラスの援助を行なうなどして、紀元前152年ティシュリにはエルサレムにおける大祭司・将軍・総督としての権限を認められ、次第に国家として自立していった。しかし、正当な家系に属さないマカベア家が大祭司職に就く事には批判があり、ユダヤ教徒の敬虔派の反発も招いた。
