ヨハネス・クヌッセン
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1957年2月10日午後9時40分頃、名古屋港から神戸港へ向かっていた、デンマークの海運会社マースク社所属の貨物船エレン・マースク号(Ellen Maersk)は、和歌山県日ノ御埼沖の紀伊水道を航行中、徳島県浅川の機帆船(木材運搬船)「高砂丸」が炎上しているのに遭遇した。風速20mを越える強風の中、エレン・マースク号は「高砂丸」乗組員の救助作業に当たった。エレン・マースク号は救命艇を下して高砂丸船長を救出するものの、力尽きた高砂丸船長はエレン・マースク号の縄梯子から海中に転落した。エレン・マースク号に機関長として乗り組んでいたクヌッセンは、高砂丸船長を救うべく海中に飛び込んだが、そのまま波間に没した。翌朝クヌッセンは、エレン・マースク号の救命艇とともに、和歌山県日高町田杭地区(日ノ御埼の北側にあたる)の浜に遺体となって打ち上げられた(39歳没)[1]。
この海難事故では、高砂丸の船員3名全員とクヌッセンの4名が犠牲となった。
