ラシダ・ジョーンズ
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生い立ち
カリフォルニア州ロサンゼルス出身。父親はミュージシャンのクインシー・ジョーンズ、母親は女優のペギー・リプトン[1]。姉のキダダ・ジョーンズは女優でウォルトディズニー社のデザイナー。父方からアフリカ系アメリカ人とウェールズ系[2][3][4][5][6][7]の、母方からリトアニア及びロシア系ユダヤ人の血を引く[8][9][10][11][12][13]。
中学高校はロサンゼルス市北西部のサンフェルナンド・バレーにある進学校バックレースクールに通い、学校から全国優等生番付(ナショナル・オナー・ソサエティー)に推薦され同級生から「もっとも出世しそうな同級生」に選ばれている。在学中に演劇指導をティム・ヒルマンに受けた[14]。14歳のときに両親が離婚すると姉は父の元へ、ラシダは母と家を出て市内のブレントウッドへ移った。
ハーバード大学に進むと[14][15]、学生寮キャリアハウス[16]とエリオットハウス[17]で暮らした[18]。
ジョーンズは大学入学当時は法曹界を目指していたものの、O・J・シンプソン事件の裁判に失望し[19][20]、専攻を比較宗教学[21]と哲学[12]に変えた経緯がある。
学生演劇と社会活動
クラブ活動は学内の劇場「American Repertory Theater」(A.R.T.)[22]で活動するハーバード・ラドクリフ演劇クラブとGilbert + Sullivan Players[23]で演劇のけいこをしており、脚本作りを学んだ文芸クラブ「シグネット・ソサエティー」(英語版)で監査役を務め[23]、ヘイスティ・プディング・シアトリカルズ(ヘイズティーズ)では「年間女性賞」実行委員会に加わったのち、アカペラグループの「ハーバード・ラドクリフ・オポチューンズ」の音楽監督でもあったことから[21]、卒業の前年(1996年)の149回ヘイスティーズ定期公演で共同音楽監督の任を果たしている[23][24]。
ジョーンズは幼いころから自分のルックスが「黒人らしくない」ことに悩んでおり、大学2年のときに芝居で黒人役を演じたときは癒されたという[25]。
学業と演劇・作曲のかたわら、後年のフィランソロピストの基礎となる社会活動にも関心を持ち、黒人学生連盟や少数民族学生同盟で活躍し[23]PRISMに加わり[26]、学生編集長として学報「The Harvard Crimson」の取材と執筆や編集にも当たっている。
1997年にハーバード大学を卒業、同じ年に俳優としてデビューを果たすことになる[27]。
キャリア
1997年にテレビミニシリーズ『The Last Don』で女優デビュー(マリオ・プーゾ脚本)。2000年放送のテレビシリーズ『ボストン・パブリック』の女性秘書ルイーザ・フェン役で注目を集め、2002年まで26話に出演しNAACPイメージ・アワードのテレビ助演女優賞にノミネートされた。テレビシリーズや映画に出演している。
ミュージシャンやモデルとしても活躍している。
私生活
過去には俳優のトビー・マグワイア[28]、セス・マイヤーズ、ジョン・クラシンスキーとの交際や、音楽プロデューサーのマーク・ロンソンと婚約したこともある[29][15]。2018年には恋人であるミュージシャンのエズラ・クーニグとの間に第一子となる男児を授かった[30][31]。
女優のジェシカ・アルバ、クレア・デインズ、ナタリー・ポートマン、俳優のレオナルド・ディカプリオと親しい間柄。また、ニコール・リッチーやファッションデザイナーのステラ・マッカートニーとは家族ぐるみの付き合いである。