ラビー・アル=アウワル
From Wikipedia, the free encyclopedia
意味
祝賀行事
→詳細は「預言者生誕祭」を参照
歴史家や学者はムハンマドの正確な生誕日について意見が割れているが[4] 、一部のムスリムによってラビー・アル=アウワルの12日または17日に祝されている。ただし、預言者の誕生日(マウリド)を祝さないムスリムも多い。というのは預言者自身にも預言者の教友達にもそうした生誕祭が観察されず、祝さない人達はそれをイスラームの義務でもないしクルアーンや真正なハディースに基づいた宗教的価値のある行為でもないと考えているためである。
一部のムスリムによってマウリドの祝賀が行われる場合、国によってやり方が異なる。一部地域では、早ければ祝賀が月初から始まって月末まで続くこともある。彼らは一般的に道路や自分の家に色付きの照明や緑の旗を置いて祝う。
多くのイスラム教圏の国では、ラビー・アル=アウワルの12日または17日に昼夜を問わず行列祈祷が行われる。この機会に合わせて、お菓子や飲み物も家庭から家庭そして一般の人々に広く配布される。一部地域ではムスリムも贈り物を交換している。
2015年12月25日に、ラビー・アル=アウワルの12日目とクリスマスの両方が457年ぶりに同じ日付で重なったが[5]、この偶然の一致は多くのムスリムにとって重要ではなかった。彼らは預言者の生年月日の歴史的重要性に注目している一方で、毎年のマウリドにイスラムの関連性を認識していないためである。
タイミング
イスラム教の催事
- 1日 - AH897年、アル・アンダルスで最後のムスリム王国だったグラナダ王国の陥落
- 8日 - 十二イマーム派の最高指導者(イマーム)であるハサン・アスカリーの命日 (Chup Tazia)
- 9日 - イード・エ・シュジャ、シーア派イスラム教徒の祝賀
- 12日 - 一部のスンニ派ではムハンマドの誕生日を記念するマウリドが見られる
- 13日 - ウンム・ルバブ(最高指導者フサインの最愛の妻)の命日
- 17日 - シーア派は最高指導者ジャアファル・サーディクの誕生日を祝う
- 18日 - ウンム・クルスーム・ビント・アリーの誕生日
- 26日 - アブー=ターリブの命日
- 26日 - AH1333年、ムハンマド・シラジュディン・ナクシュバンディ(ナクシュバンディー教団のシャイフ)死去
その他の行事:
- ヒジュラ(預言者ムハンマドと信者の移住)はこの月に行なわれた
- ムハンマドとハディージャ・ビント・フワイリドの結婚
- クバモスク(イスラム教最初のモスク)の建設
- 12日と17日を含む週は、ムハンマドの誕生日に関するスンニ派とシーア派双方の見解に対処するためのイスラム統一週間とイランでは呼ばれている[7]。