ラファエル・パヤーレ

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原語名 スペイン語: Rafael Payare
生誕 (1980-02-23) 1980年2月23日(46歳)
出身地 ベネズエラの旗 ベネズエラ
アンソアテギ州プエルト・ラ・クルス
ラファエル・パヤーレ
モントリオールにて (2022年)
基本情報
原語名 スペイン語: Rafael Payare
生誕 (1980-02-23) 1980年2月23日(46歳)
出身地 ベネズエラの旗 ベネズエラ
アンソアテギ州プエルト・ラ・クルス
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者
公式サイト RAFAEL PAYARE
ラファエル・パヤーレとモントリオール交響楽団

ラファエル・パヤーレスペイン語: Rafael Payare1980年2月23日 - )は、ベネズエラ指揮者

アンソアテギ州プエルト・ラ・クルスで、市の地図製作者であった父と、教師の母のもとに生まれた。14歳という比較的遅い年齢で、ベネズエラの社会的音楽教育プログラムのエル・システマの地元支部でフレンチホルンを始めた。程なくアンソアテギ交響楽団に席を得るほどの才能を発揮し、その後、ベネゼエラ国立児童オーケストラを経て、シモン・ボリバル交響楽団の首席ホルン奏者として活躍した[1]。首席ホルン奏者としての経験は、パヤーレのその後の指揮者としてのキャリア形成に大きな影響を与えた。シモン・ボリバル交響楽団の一員として、ジュゼッペ・シノーポリクラウディオ・アバドサイモン・ラトルロリン・マゼールといった世界的な巨匠たちの指揮のもとで、数々のツアーや録音に参加した[2]。特にシノーポリとの共演は、指揮者になることを決意する一つのきっかけとなった[3]エル・システマの創設者であるホセ・アントニオ・アブレウのもとで正式に指揮の勉強を始め[1]、ベネズエラ国内の主要なオーケストラを指揮する経験を積んでいった[3]。2011年にはルツェルンベルナルト・ハイティンクのマスタークラスに参加し 、2012年のマルコ国際指揮者コンクール優勝後には、クラウディオ・アバドシモン・ボリバル交響楽団での活動に、またダニエル・バレンボイムベルリン国立歌劇場での活動に、それぞれアシスタント指揮者として従事した。さらに、バージニア州のキャッスルトン・フェスティバルを主宰していたロリン・マゼールに師事し、同音楽祭の首席指揮者を継承した[1]

2013年に初めてアルスター管弦楽団に客演、若々しい情熱とカリスマ性で聴衆に感銘を与え、2014年から首席指揮者に就任し2019年まで務めた[4]。退任後は桂冠指揮者に任命される[5]

2018年にサンディエゴ交響楽団に初客演後、わずか1ヶ月で次期音楽監督に任命され、2019年1月より音楽監督に就任した。2023年にニューヨークカーネギー・ホールで公演を開催、妻でありチェリストであるアリサ・ワイラースタイン英語版がソリストとして共演した[6]。2025年には任期が2028-29シーズンまで延長され、新たに音楽監督兼芸術監督の肩書を得る[7]

2021年にケント・ナガノの後任としてモントリオール交響楽団の音楽監督に任命され2022年に就任した[3][8]サンディエゴ交響楽団と同様に、マーラーショスタコーヴィチの交響曲サイクルを行う他、ベルリオーズなどにも取り組んでいる[7][9][10]

客演活動

録音

脚注

外部リンク

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