ラヴ・ミー・ドゥ

ビートルズの楽曲 (1962) From Wikipedia, the free encyclopedia

ラヴ・ミー・ドゥ」(Love Me Do)は、ビートルズの楽曲である。1962年10月5日にパーロフォンよりデビュー・シングルとして発売され、B面には「P.S.アイ・ラヴ・ユー」が収録された。1962年に発売されたシングル盤は、全英シングルチャートで最高位17位を記録し[5]、1982年に発売された12インチシングル盤は最高位4位を記録した[6]。1964年にアメリカでトリー・レコード英語版より発売されたシングル盤は、Billboard Hot 100で第1位を獲得した[7]

リリース
規格
概要 「ラヴ・ミー・ドゥ」, ビートルズ の シングル ...
「ラヴ・ミー・ドゥ」
ビートルズシングル
初出アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー
A面 日本の旗 オール・マイ・ラヴィング
B面 イギリスの旗アメリカ合衆国の旗 P.S.アイ・ラヴ・ユー
リリース
規格
録音
ジャンル
時間
レーベル
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
ゴールドディスク
後述を参照
チャート最高順位
後述を参照
ビートルズ シングル U.K. 年表
  • ラヴ・ミー・ドゥ
  • (1962年)
ビートルズ シングル U.S. 年表
  • ラヴ・ミー・ドゥ
  • (1964年)
ビートルズ シングル 日本 年表
プリーズ・プリーズ・ミー 収録曲
プリーズ・プリーズ・ミー
(A-7)
ラヴ・ミー・ドゥ
(B-1)
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(B-2)
パスト・マスターズ Vol.1 収録曲
ラヴ・ミー・ドゥ (オリジナル・シングル・ヴァージョン)
(1)
フロム・ミー・トゥ・ユー
(2)
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本作は、ビートルズの前身にあたるクオリーメン時代に書かれた楽曲で、ジョン・レノンハーモニカとレノンとポール・マッカートニーによるツイン・ボーカルが特徴となっている。なお、本作は3回にわたってレコーディングされていて、それぞれドラマーが異なっている。

背景・曲の構成

「ラヴ・ミー・ドゥ」は、1958年から1959年にかけて不登校生だった当時16歳のポール・マッカートニーによって書かれた作品で[8]ジョン・レノンはミドルエイトを書いた[8][9]。作者クレジットはレノン=マッカートニー[注釈 1]で、レノンは「『ラヴ・ミー・ドゥ』はポールの曲だ。僕らが本格的な作曲家になる前、ハンブルクの頃から曲を持っていたのを知ってるよ」と語っている[10]

「ラヴ・ミー・ドゥ」は、G7とCコードを基調とした楽曲で、ミドルエイトのみDに移るというコード進行となっている。レノンが演奏したブルージーかつドライなハーモニカのリフ[11]から始まり、レノンとマッカートニーによるツイン・ボーカルが加わってくる。

当初はレノンがタイトルセクションを歌っていたが、フレーズに重なるかたちでハーモニカのパートが追加されたため、ハーモニカを演奏するレノンではなくマッカートニーがこの部分を歌うことになった[12][13]。この処置について、マッカートニーは「そのセッションまではこの部分を歌うのはジョンの担当だった。だけど歌詞がハーモニカのソロに被るから、"Love me do"の部分で止まってしまう。そこでジョージ・マーティンがハーモニカをフィーチャーするアイデアを出して、急遽僕がリードをとることになった。本当に緊張したよ。今聴いても緊張して声が震えているのがわかる」と語っている[13]

レコーディング・リリース

「ラヴ・ミー・ドゥ」は、EMIレコーディング・スタジオで3回にわたってレコーディングされ、それぞれドラマーが異なっている。

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レコーディング日備考
1962年6月6日 EMIのオーディションでのレコーディング。ドラムは当時ビートルズのドラマーだったピート・ベストが演奏[14]。しかし、プロデューサーのマーティンは、ベストの演奏に満足しなかったため、このセッションから2か月後にベストは解雇された[15][16]
テイク数は不明[14]
1962年9月4日 デビュー・シングル用のレコーディング。ドラムは解雇されたベストに代わって加入したリンゴ・スターが演奏。同日に15テイク録音され、シングル第1版に収録された。しかし、セッションの2週間前にバンドに加入し、リハーサルが不十分であったことから、マーティンはスターの演奏にも満足しなかった[17]
また、同日にミッチー・マレー英語版作曲の「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット」もレコーディングされ[18]、マーティンはこちらをデビュー・シングルとする予定だったが、レノンとマッカートニーがオリジナル曲でのデビューを強く希望したことから、ビートルズ側の主張が認められて本作がデビュー・シングルとなった[19]
テイク数およびモノラル・ミックスに使用されたテイクは不明[20]
1962年9月11日 2度目のデビュー・シングル用のレコーディング。同日のセッションではアンディ・ホワイトがドラムを演奏したため、スターはタンバリンを演奏した[21]
18テイク録音され、最終テイクがマスターとして採用された[22]
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本作がデビュー・シングルとしてイギリスで発売された際、スターがドラムを演奏した9月4日のテイクが使用されたが、以後の再版シングル[注釈 2]や、オリジナル・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』や『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』、『ザ・ビートルズ1』など一部のコンピレーション・アルバム、ビートルズのEPにはホワイトがドラムを演奏した9月11日のテイクが採用された[21]。スターがドラムを演奏した9月4日のテイクは、1980年にアメリカで発売された『レアリティーズ Vol.2』でアルバム初収録となり、『リヴァプールより愛を込めて ザ・ビートルズ・ボックス』や『パスト・マスターズ Vol.1』に収録された。なお、9月4日のテイクはマスター・テープが破棄されているため、シングル・レコード盤からマスタリングされた音源が収録された[23]。1992年10月5日にビートルズのデビュー20周年を記念して発売されたCDシングル盤には両方のテイクが収録されている。ピート・ベストのドラムを演奏した6月6日のテイクは、1995年に『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』で発表されるまで未発表となっていた。2023年11月2日に発売された『ナウ・アンド・ゼン』と11月10日に発売された『ザ・ビートルズ1962年〜1966年 2023エディション』には、リンゴがドラムを演奏した9月4日のテイクが収録されているが、ドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ: Get Back』や『リボルバー・スペシャル・エディション』で使われた音源を楽器別に分離するAI技術「デミックス」を用いてステレオ化されている。

BBCで8度にわたって収録され、1962年10月からの1年間にわたって、『ヒア・ウィー・ゴー』、『タレント・スポット』、『サタデー・クラブ』、『サイド・バイ・サイド』、『ポップ・ゴー・ザ・ビートルズ』、『イージー・ビート』といった番組で放送された。1963年7月10日にBBCで収録され、23日の『ポップ・ゴー・ザ・ビートルズ』で放送されたテイクは、アルバム『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』に収録されている。1963年2月20日の『パレード・オブ・ザ・ポップス』においては、BBCのラジオを通じてこの曲を生演奏で放送している。なお、BBCのドキュメンタリー番組『ザ・マージー・サウンド』のためにサウスポートにあるリトル・シアターでの演奏が撮影されており、同番組でその一部が放送された後、2015年に再発売された『ザ・ビートルズ1[注釈 3]に付属のDVD/Blu-rayに収録された[24]

1969年に行なわれたゲット・バック・セッションでこの曲が演奏された。この時はかつてのアレンジよりもテンポを落としたブルース調での演奏だった。このほか、「レボリューション1」のテイク18の後半部分では、マッカートニーが「ラヴ・ミー・ドゥ」のサビのフレーズを歌っている[注釈 4]

2012年10月22日(日本では11月14日[25])に発売50周年を記念し、パーロフォンのジャケットを使用した限定のレプリカ・17cmアナログレコードが発売された[26]。このレコード盤のA面にはスターがドラムを演奏した9月4日のテイクが収録されたが、発売当初のレコード盤には誤ってホワイトがドラムを演奏した9月11日のテイクが収録されていた[26]

クレジット

※特記を除き、出典はイアン・マクドナルド英語版の著書『Revolution in the Head: The Beatles' Records and the Sixties[27]

ビートルズ
外部ミュージシャン

チャート成績

週間チャート

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チャート (1962年 - 1964年)最高位
オーストラリア (Kent Music Report)[29] 1
カナダ (CHUM Chart)[30] 8
ニュージーランド (Lever Hit Parade)[31] 1
UK シングルス (OCC)[5] 17
US Billboard Hot 100[7] 1
US Cash Box Top 100[32] 1
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チャート (1982年)最高位
ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[33] 37
オランダ (Single Top 100)[34] 32
UK シングルス (OCC)[6] 4
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チャート (1992年)最高位
ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[33] 39
フランス (SNEP)[35] 39
UK シングルス (OCC)[36] 53
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チャート (2012年)最高位
フランス (SNEP)[35] 120
日本 (オリコン)[37] 27
日本 (Japan Hot 100)[38] 48
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年間チャート

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チャート (1964年)最高位
US Billboard Hot 100[39] 14
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認定

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国/地域 認定認定/売上数
イギリス (BPI)[40] シルバー 200,000 ユニットdouble-dagger
アメリカ合衆国 (RIAA)[41] プラチナ 1,000,000 ユニットdouble-dagger

double-dagger 認定のみに基づく売上数と再生回数

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カバー・バージョン

メンバーによるセルフカバー

ポール・マッカートニーは、1986年から1987年に行なった『リターン・トゥ・ペパーランド』(未発表)のセッション時に「P.S.アイ・ラヴ・ユー」とマッシュアップした「P.S.ラヴ・ミー・ドゥ」(P.S. Love Me Do)を録音[42]。この時に録音された演奏は、1990年に発売された来日記念盤『フラワーズ・イン・ザ・ダート・スペシャル・パッケージ』に収録された[43]。1989年から1990年にかけて行なわれたワールド・ツアーで演奏され[44]、当時のライブ音源は1991年に発売されたマキシシングル『バースデー』に収録された[45]。2016年から2017年にかけて行なわれた「One on One」ツアーで、「ラヴ・ミー・ドゥ」をビートルズ時代の1963年10月16日に行なったロンドンでのコンサート以来53年ぶりに演奏した[46]

リンゴ・スターは、1998年に発売のアルバム『ヴァーティカル・マン〜リンゴズ・リターン』にセルフカバー版を収録した[47]

その他のアーティストによるカバー

デヴィッド・ボウイは、1973年7月3日のハマースミス・オデオン公演で演奏。ギターはジェフ・ベックが演奏した。同日の公演はコンサート映画『Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』として公開されたが、本作は含まれなかった[48]

脚注

参考文献

外部リンク

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