ラルフ・タウナー

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オレゴンで演奏するラルフ・タウナー(1989年4月30日、アメリカカリフォルニア州ハーフムーンベイ

ラルフ・タウナーRalph Towner1940年3月1日 - 2026年1月18日)は、アメリカワシントン州出身のギタリストピアニスト作曲家編曲家。自己バンドのオレゴンのリーダーでもある。マルチ奏者であり、12弦ギタークラシックギターピアノシンセサイザーパーカッショントランペット等を演奏する[1]

1940年3月1日アメリカ合衆国ワシントン州シャヘイリス英語版に生まれる。母はピアノ教師、父はトランペット奏者という音楽一家であった。

1958年オレゴン大学に入り、芸術を専攻し、その後に作曲へと専攻を変えた。ほどなくして、後にオレゴンで活動をともにするベース奏者のグレン・ムーアと出会う。当初のタウナーはピアノの演奏と作曲を探求しており、中でもジャズ・ピアノ奏者ビル・エヴァンスの初期作品群から大きな影響を受けた。次いで気まぐれに購入したクラシック・ギターに魅了され、1960年代初頭にはオーストリア人ギター奏者・音楽家カール・シャイトドイツ語版の下で学ぶためウィーンに赴いた。

1968年ニューヨーク市へ移り、当地のジャズ・シーンでギターとピアノ演奏による音楽活動を始め、サクソフォーン奏者ポール・ウィンターのグループであるポール・ウィンター・コンソートへ加入し、ムーアに加えて当グループに在籍していたポール・マッキャンドレス、コリン・ウォルコットとの親交も生まれ、1970年には4人によるバンド「オレゴン」が編成される運びとなった。また、ウィンターから譲られて初めて手にした12弦ギターをも自らの作風に取り入れていった。

1972年には、オレゴンが『北の星 (Music of Another Present Era)』でアメリカのレーベル「ヴァンガード」からデビューを飾る一方で、1973年にはムーアとのデュオ名義で、ドイツミュンヘンの新興レーベル「ECM」からの初作品『ブルージョ (Trios / Solos)』が登場した。オレゴンもECMから1980年代に3枚の作品を発表した一方で、タウナーは1970年代以降継続的に、ECMレーベルの他の契約ミュージシャンたちと共演したデュオ・トリオ・カルテットその他の形態、あるいはソロや多重録音で聴かせる様々な作品を、同レーベルから出している[2][3]

晩年はイタリアに移住し、最初はパレルモ、その後ローマに居住。

2026年1月18日、入院していたローマの病院で死去。85歳没[4][5]

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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