ランプール From Wikipedia, the free encyclopedia 生物アジアゾウ品種タイゾウ性別雌生誕1915年ごろタイ王国ランプール生物アジアゾウ品種タイゾウ性別雌生誕1915年ごろタイ王国死没1942年1月20日(1942-01-20)天王寺動物園 ランプール(1915年〈大正4年〉ごろ - 1942年〈昭和17年〉1月20日)は天王寺動物園で飼育されていた雌のアジアゾウである。 1935年(昭和10年)、タイ国の少年団から日本の少年団への贈り物として上野動物園に贈られたワンリー(花子)と共に来日する[1][2]。2頭はピサヌロークからバンコクまでの400kmを歩き、5月18日に大阪商船のバタビア丸に乗船して6月3日に神戸港に到着、そこからそれぞれ大型の貨車に乗せられてランプールはその日の真夜中に天王寺駅に到着した[1][3][4]。駅からは歩いて動物園に向かっている[1][3]。この答礼として1937年(昭和12年)に日本から派遣団がおくられた[5]。この使節団が日本に帰国する際、三井物産バンコク支店からお土産として一頭のマレーグマの子熊が贈られた[5]。このマレーグマは帰国後北白川宮家に贈られ、そこで飼育されたが成長するに従って扱いかねることから同年11月に天王寺動物園に下賜された[5][6]。 天王寺動物園では常盤と共に飼育され、来園者を背に乗せたり綱引きをして楽しませた[7]。しかし太平洋戦争中の物資不足で飼料の確保が出来ず、1942年(昭和17年)1月20日に不良な飼料からくる胃腸炎、栄養不良によって死亡した[7]。北白川宮家から下賜されたマレーグマも翌1943年(昭和18年)10月から1944年(昭和19年)3月にかけて行われた戦時猛獣処分によって銃殺された[5]。 脚注 1 2 3 “なきごえ 1984年12月”. 2026年4月4日閲覧。 ↑ Company, The Asahi Shimbun. “深夜の銀座を象歩く 初代花子来日 - ことばマガジン:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2026年4月4日閲覧。 1 2 “天王寺動物園の歩み”. www.tennojizoo.jp. 2026年4月4日閲覧。 ↑ 圓入智仁. “1935年にシャムが日本に象を贈った経緯と目的 -ボーイスカウトにおける国際交流の一事例-”. 中村学園大学学術リポジトリ. 2026年4月4日閲覧。 1 2 3 4 『大阪ボーイスカウト運動史 [第1巻]』1973年。doi:10.11501/13328366。https://doi.org/10.11501/13328366。2026年4月4日閲覧。 ↑ 『大阪市天王寺動物園50年の歩み』1965年。doi:10.11501/12601951。https://doi.org/10.11501/12601951。2026年4月4日閲覧。 1 2 『大阪市天王寺動物園70年史』1985年。doi:10.11501/12601958。https://doi.org/10.11501/12601958。2026年4月4日閲覧。 Related Articles