リチャード・ドーソン (第2代クレモーン男爵)
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政治家リチャード・ドーソン(1762年4月16日 – 1807年9月3日[2])と妻キャサリン(Catherine、旧姓グラハム(Graham)、アーサー・グラハムの娘)の息子として、1788年8月31日に生まれた[1]。ハーロー校で教育を受け[3]、1807年11月25日にケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジに入学した[4]。
1807年9月にモナハン選挙区の現職議員だった父が死去したとき、リチャード・トマスは未成年だったため出馬できなかったが、1812年イギリス総選挙の時点では成人したため出馬し、クレモーン子爵家の影響力をもって無投票で当選した[5]。カトリック解放を支持する[3]などホイッグ党所属とされたが[1]、後援者で祖父の兄にあたる初代クレモーン子爵トマス・ドーソンの影響によりカトリック解放に賛成票を投じることができなかった[3]。1813年3月1日に初代クレモーン子爵が死去すると、クレモーン男爵位を継承した[1]。