リック・キャンプ

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生年月日 (1953-06-10) 1953年6月10日
没年月日 (2013-04-25) 2013年4月25日(59歳没)
リック・キャンプ
Rick Camp
アトランタ・ブレーブスでの現役時代
(1981年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州チャトゥーガ郡トリオン英語版
生年月日 (1953-06-10) 1953年6月10日
没年月日 (2013-04-25) 2013年4月25日(59歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1974年 MLBドラフト7巡目
初出場 1976年9月15日
最終出場 1985年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

リック・ラマー・キャンプRick Lamar Camp, 1953年6月10日 - 2013年4月25日)は、アメリカ合衆国ジョージア州チャトゥーガ郡トリオン英語版出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

1974年MLBドラフト7巡目(全体149位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、プロ入り。 1976年にメジャーデビューすると、 ブレーブス一筋での実働9年間で414試合に登板して56勝49敗という成績を記録している。1980年には77試合に登板して22セーブに防御率1.91、1981年も48試合に登板して17セーブに防御率1.78という成績を収めるなど主にリリーフ投手として活躍したが、年度によっては先発メインや先発とリリーフの両方をこなすスウィングマンでの起用のシーズンもあり、先発では通算65試合に登板している。

現役時代、キャンプの存在が最もクローズアップされた瞬間は1985年7月4日、ブレーブスの本拠地(当時)アトランタ・フルトン・カウンティ・スタジアムで行われたリック・キャンプ・ゲーム英語版とも評される延長19回にも渡るニューヨーク・メッツとの長い戦いだった。この試合でメッツのキース・ヘルナンデスサイクル安打を達成という快記録が生まれているが、もう一人、選手生活最高の打撃を披露した選手がこのキャンプだった。試合は9回終了まで8-8の同点で延長戦に突入すると、13回表にメッツがリードを奪うが、ブレーブスも裏に追い付いた。雨による2度の中断を経て深夜へともつれ込み、18回表に再びメッツがリードした。すると18回裏二死、カウントはツーストライクで打席にはリリーフとして登板の通算打率.062、0本塁打のキャンプが立っていた。しかし、代打はすでに尽きており、ブレーブスベンチは帰宅の準備を始めていた。その時、グラウンドで信じられないことが起こった。キャンプが土壇場で同点本塁打を放ったのだ。結局、同点弾を放ったキャンプは19回表に打たれてブレーブスは11-10で敗れた[1]。試合終了は日付が変わった7月5日の午前3時55分であり、4時過ぎには独立記念日を祝う花火が打ち上げられた。スタジアム周辺の住民は、戦争が始まったかと勘違いして飛び起きたという。

生涯唯一の本塁打を午前3時過ぎに放ったキャンプだが、翌1986年スプリングトレーニング終了直前にブレーブスから自由契約となり、9年のメジャーリーグ生活に幕を下ろしている[2]

2013年4月25日にジョージア州ライダル英語版にある自宅で死去したことが報じられた[3]

詳細情報

背番号

  • 33(1976年 - 1978年)
  • 37(1980年 - 1985年)

脚注

関連項目

外部リンク

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