リック・ルーファス

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生年月日 (1966-06-03) 1966年6月3日(59歳)
通称 ジェット(The Jet)
アメリカン・イーグル(American Eagle)
リック・ルーファス
生年月日 (1966-06-03) 1966年6月3日(59歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ウィスコンシン州ミルウォーキー
通称 ジェット(The Jet)
アメリカン・イーグル(American Eagle)
体重 ヘビー級
ライトヘビー級
スタイル テコンドー空手ボクシング
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リック・ルーファス(Rick Roufus、1966年6月3日 - )は、アメリカ合衆国キックボクサーボクシング総合格闘技の試合にも出場した。キックボクシングでは1990年代フルコンタクトルールISKAヘビー級およびライトヘビー級IKFライトヘビー級で世界王座を獲得した。主な愛称は「ザ・ジェット」、「アメリカン・イーグル」。

1967年6月3日、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキーで生まれる。幼少期、テコンドーを学んだ父の開いた空手道場で空手を学ぶ[1][2]

1986年1月7日、ジョージア州で、シルベスター・キャッシュを下し、PKC全米ミドル級王座を獲得。1987年4月16日、ジョージア州でジョン・モンカイヨを7RKOで下し、KICK世界スーパーミドル級王座を獲得した。

22歳のときにネバダ州ラスベガスチャンプア・ゲッソンリットタイ)と初のローキックあり、肘打ち・膝蹴り禁止のルール(3分5R)で対戦。初回にパンチで2度もダウンを奪うも、徐々にローキックを当てられ続け、右足を骨折してレフェリーストップによる4R1:23TKO負け。

1989年7月20日、地元ミルウォーキーで行われたFFKAスーパーミドル級タイトルマッチでアンディ・メイヨと対戦。3RKOで王座を獲得した。1990年2月4日、ペンシルベニア州で行われたFFKAライトヘビー級タイトルマッチでケビン・ワーリーを判定で下し王座を獲得。8月19日、PKC全米ミドル級王座の防衛戦を行うも、マレック・ピトロウスキー(ポーランド)に10R判定負けし、王座から陥落した。

1991年6月22日、イリノイ州シカゴで行われたISKAフルコンタクト&PKC世界ライトヘビー級ダブルタイトルマッチで、ピトロウスキー(王者)と再戦し、2RKO勝ちし両王座を獲得。同年にフランスで王座の防衛戦としてロブ・カーマンと対戦。パンチによるボディー攻撃で1Rにダウンを奪うと、2RにパンチでKO勝ちし、防衛に成功した。

1994年1月22日、ネバダ州で行われた初代IKFプロフルコンタクト世界ライトヘビー級王者決定戦で、マイケル・マクドナルドカナダ)を1R0:43でKOで下し初代王者となった。3月27日、カナダのモントリールで行われたPKC世界ライトヘビー級タイトルマッチでジャン・イヴ・テリオーと対戦。4R目に左フックでダウンを奪われるも、その後は終始パンチと勢いを活かしたコンビネーションで12R3-0の判定勝ちで王座の防衛に成功した。11月、フランスで行われたISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級王座(2分12R)の防衛戦で、アーネスト・ホーストと再戦。9Rにパンチでスタンディングダウンを奪われると、11Rに右ハイキックを受けてKO負けした。

1996年6月1日、イゴール・シャラポフを5RTKOで下し、ISKAフルコンタクト世界ヘビー級王座を獲得。8月10日、ショーン・マクレインを4RTKOで下し、WBCアメリカ大陸クルーザー級王座を獲得。自身初のボクシングの王座獲得に成功した。

1997年2月22日、USBAクルーザー級王座決定戦でアーサー・ウィリアムスと対戦し、4RTKO負け。9月7日にK-1が開催した「K-1 GRAND PRIX '97 開幕戦」でジェロム・レ・バンナと対戦し、レフェリーストップによるTKO負け。

1998年、IKFプロインターナショナル世界ヘビー級王者に転向し、IKFのルールにある「挑戦者が3年以上現れない」などの特定の条件を満たしたため初代王者に認定された。なお、同年に長女が誕生した。1999年5月14日、マサチューセッツ州で防衛戦を行い、スタン・ザ・マンオーストラリア)を9RTKOで下し同王座の初防衛に成功した。

2001年11月30日、デール・ブラウンに9RTKO負けし、ボクシングを引退。2002年5月3日、「K-1 WORLD GP 2002 世界地区予選ラスベガス大会」に出場。1回戦でカート・ハスレイ、準決勝でデューウィー・クーパーをそれぞれ3R判定3-0で下すと、決勝戦でマイケル・マクドナルドと対戦。3R判定で引き分けになり、延長ラウンドに入ったが、試合中に左ひざを痛めたため、試合続行が不可能となりTKO負け。

2003年9月29日、IKFに正式に引退届けを提出(ただし、その後もIKF以外の試合には出場し続けている)、タイトルは返上された。その後アリゾナ州テンピに引越し、「ルーファス・キックボクシング・センター」を開設し、後進の育成・指導を始めた。

2004年8月7日、ネバダ州ラスベガスで行われた「K-1 WORLD GP 2004 in LAS VEGAS」のスーパーファイトでと対戦。曙がプッシングを繰り返し減点されたため、3R判定3-0で勝利した。2005年4月30日、「K-1 WORLD GP 2005 in LAS VEGAS」で武蔵と対戦。3R判定1-2で敗れた。

2008年2月23日、Strikeforceモーリス・スミス総合格闘技ルールで対戦し、ストレートアームバーで一本負け。

2012年10月14日、K-1Global Holdings体制となったK-1の日本大会に出場。ジェームス・ウィルソンと対戦し、ドローに終わった。

家族

弟はアメリカでキックボクサー、指導者として活躍したジェフ・デューク・ルーファス英語版[3]。1993年にウィスコンシン州ミルウォーキーにジム「ルーファスポート」を開設し、ペティス兄弟(アンソニー・ペティスセルジオ・ペティス)、タイロン・ウッドリーベン・アスクレンベラル・ムハマッドラウフェオン・ストッツベン・ロスウェルポール・フェルダージャレッド・ゴードンマット・ミトリオーネステファン・ボナーメイシー・バーバーらを輩出した[3]。2025年に55歳で死去[3]

戦績

総合格闘技

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×ウェイン・コール1R 0:36 腕ひしぎ十字固めSlammin Jammin Weekend 32009年5月9日
×ライアン・ジモー1R 2:24 TKO(パンチ連打)Phoenix Fight Promotions: Wanted2008年11月29日
×ヘクター・ラミレス5分3R終了 判定0-3SuperFights MMA: Night of Combat 22008年10月11日
レジー・カトー2R TKO(タオル投入)C3 Fights: Clash in Concho2008年9月19日
×トッド・ブラウン2R 1:31 三角絞めCombat USA: Fight Night2008年6月28日
ホベルト・マルチネス3R終了 判定3-0C3 Fights: Contenders2008年6月7日
BJ・レイシー3R KOCombat USA: Battle in the Bay 72008年5月30日
×マイケル・マクドナルド5分2R終了 判定0-3Strike FC: Night of Gladiators2008年4月18日
マイケル・ビュール3分3R終了 判定3-0CCCF: Battle on the Border2008年3月29日
×モーリス・スミス1R 1:53 ストレートアームバーStrikeforce: At The Dome2008年2月23日

キックボクシング

  • 69戦 61勝 38KO 8敗

プロボクシング

  • 19戦 13勝 11KO 5敗 1分

獲得タイトル

  • 空手
    • 空手USA大会優勝(4回)
  • キックボクシング
    • PKCアメリカ合衆国ミドル級王座
    • FFKAスーパーミドル級王座
    • FFKAライトヘビー級王座
    • PKC世界ライトヘビー級王座
    • KICK世界スーパーミドル級王座
    • ISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級王座
    • ISKAフルコンタクト世界ヘビー級王座
    • 初代IKFフルコンタクト世界ライトヘビー級王座(0度防衛)
    • 初代IKFインターナショナル世界ヘビー級王座(1度防衛)
    • K-1 USA GRAND PRIX '98 優勝
  • プロボクシング

関連項目

脚注

外部リンク

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